小説

『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)

 「竜宮城発見か」と騒ぐワイドショーを聞くともなしに聞きながら、俺は部屋の片付けを進めた。
 「他国の調査設備かもしれません」「蜃気楼のように消えちゃうんでしょ? どんな技術で……」「調査の結果を待たないと何とも……」
 濃い青の向こうに虹色のドームがぼんやり揺れている。興味を引く映像だが、繰り返されるとウンザリしてくる。
 テレビを消そうとして、リモコンが見当たらない事に気づいた。間違って段ボールに詰め込んだか? 一旦封をした箱を開けてガサゴソしていると、
「うわぁ、全部断捨離するの?」
 快活な声が響いた。別居している、中学生になる娘のヨリが、玄関ドアの前で茫然と立っている。
「小遣いをせびりに来たのか?」
「施しをしに来てあげたの」
 ローファーを脱いで部屋に上がり込むと、ヨリの抱えた紙袋からたい焼きの匂いが昇った。
「大学講師をクビになって、飢えてるんじゃないかと思って」
 量子コンピュータの講師として大学で教鞭を取っていた俺だが、野心の強過ぎて、型に嵌まったやり方では満足出来なかった。
「観測するまで物事の状態は確定しない」という量子の性質は、スピリチュアルと相性がいい。俺はスピリチュアルを取り入れた量子テレパス装置を考案し、「この装置の原動力は心だ」と説明した。
 この発明で人生を一発逆転し、ほんのひと言、元妻の珠子(たまこ)の口から感嘆の言葉を聞きたい。
 そう願って研究に明け暮れていたが、装置が完成の日の目を見る前に、俺は講師をクビになった。

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