小説

『Hoichi~芳一』八島游舷(『耳なし芳一』(山口県下関市))

 俺は芳一。ラッパーだ。頭はスキンヘッドにしてるから毛はないが、金もない。
 週に一度は、関門海峡沿いのストリートでライブしたり、仲間たちとサイファーしたりする。いつもは下関側だが、たまには海峡を渡って門司のレトロ地区でもやっている。下関レペゼンを気取るわけじゃないが「泣けるラップをする」と、最近は少しは名前が知られるようになってきた。ライブしてもギャラがでるわけじゃないが。
 下関はシケた街だ。歴史はあるのにセンスがない。駅前にはラブホの城みたいなものを乗っけた建物が立っており、スピーカーからひっきりなしに地元の店の宣伝が流れている。
 そんなダサい街に嫌気がさして、大学は福岡に行った。なんとか卒業したが、苦労して就職した会社の上司がバカなことをいいやがるので、殴って辞めて下関に戻ってきた。なんだかんだ言っても俺はこの街が好きなのかもしれない。
 不景気とコロナのダブル・パンチで、商店街は以前よりも閉店した店が増え、シャッター街になっていた。地方都市なら今時どこも同じようなものかもしれないが。
 潮と魚の臭いのするストリートをうろうろしていた俺を拾ってくれたのが佐竹さんだ。唐戸町にあるライブハウス兼バー《アミダ》の店主だ。その近くのボロ・アパートを紹介してくれたのも彼だ。ボロっていうと悪いか。とにかく俺は他の誰よりもリスペクトしている。
 《アミダ》はかつて寺で、佐伯さんは坊さんだった。だが、五年前に寺をライブハウスに改装して、佐竹さんもバーテンダーとして働くようになった。なぜかはいまだに教えてくれない。
 でも俺には目をかけてくれ、店でバイトをさせてもらってるし、時にはライブもさせてもらう。
 ……目と言やあ、俺の目は生まれた時から見えない。そりゃあ困ることもあるが妙に憐れまれるのはいやだし、なんとかやってる。
 これから俺の身に起こったことを語ろう。

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