小説

『Hoichi~芳一』八島游舷(『耳なし芳一』(山口県下関市))

 次の夜も同じことの繰り返しだった。俺は車で送迎され、ライブをし、金を受け取る。悪くない。こんなにギャラをもらったのは初めてだ。ただ、どこか後ろめたさというか、もやもやした感じはある。
 その次の日に《アミダ》に行った時、瑤子の声音がおかしかった。
「芳(ほう)ちゃん、あんた、やばいよ」
 夜中に抜け出す俺の行動を佐竹さんが不審に思い、瑤子に原チャリで俺の後をつけさせたらしい。
「昨日、自分がどこにいたか分かってる? 寺の墓地でひとりで歌ってたんだよ」
「そんなバカな。だって俺は……」そのあとは口ごもった。
 ――俺はどこで歌っていたんだ?
 ともかく、その場は何とかつくろった。
 夕方になって佐竹さんが《アミダ》に顔を出した。
 瑤子は佐竹さんにも昨日の結果を報告した。
「お前さ、そりゃどう考えたっておかしいよ。ちゃんと話してみな」
 そう言われては断れない。俺は事情を話した。
「壇ノ浦の怨霊だな」佐竹さんは重い声で言った。「調子に乗って何度もついていくなんて馬鹿だな」
「でも、あんなに拍手されたことなくって、ほんとに嬉しかったんです」
「そうか……」
 佐竹さんは俺の肩に手を置いた。
「……俺、事故を起こした連中をディスったから恨まれてるんすか」
「そうじゃない。むしろ気に入られているんだ。お前、ラップの才能だけはあるからな。でも、このままライブを続けると、お前はいずれ連中の世界に連れていかれる」

1 2 3 4 5 6 7 8 9