小説

『Hoichi~芳一』八島游舷(『耳なし芳一』(山口県下関市))

 俺は謡った。華麗な一族のおごりを。人生の無常を。
 何百回も歌っただけあって、歌っているうちにこちらも泣けてくる。俺はフリー・スタイル、つまり即興で心の底から湧いてくる韻(ライム)をしぼり出した。
 歌い終わっても観客は静まり返ったままだった。やがて拍手の音がそこかしこから上がり、芳一、芳一……とつぶやき声が聞こえはじめる。会場はすぐに鳴り響く拍手で満たされた。俺のソウルが通じたのか、「芳一!」「芳一!」と感嘆の声が上がる。こんなに拍手されたのは生まれて初めてだった。

「よくやったな」
 《アミダ》まで車で送ってもらった後、しゃがれ声の男から、湿気た封筒を渡された。かなり厚みがある。
「明日も来てほしい。同じ歌でいいから」
「……はい」
 俺は達成感のあまり、ついそう答えてしまった。
「だが、今夜のことは決して誰にも話すな。いいな」
 男の立ち去った後、なにか生き物がかさこそ地面を横切る音が聞こえた。カニだったかもしれない。

「昨日の晩、どこ行ってたんだよ」
 次の日、佐竹さんに聞かれた。隠したつもりだったのだが、気づかれてしまったらしい。
「すみません。ちょっと用事で」本当に申し訳ないとは思ったが、約束があるので答えられない。
「まあいいや。……お前、ちょっと疲れてんじゃねえか」
「そんなことないっすよ」

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