小説

『陽菜と陽菜』山崎ゆのひ(『うつくしきもの(清少納言)』)

「あ、まただ」
 下駄箱を開けた瞬間、私は舌打ちした。『伊藤陽菜様』と書かれた白い封筒。間違いなくラブレターだ。でも、これは私宛じゃない。100%もう一人の伊藤陽菜、通称『可愛い方』に宛てたもの。癪に障るけど自分は『可愛くない方』。ひどい呼ばれ方だけど、同姓同名の生徒2人を同じクラスにした、気の利かない先生たちに一番腹が立つ。学年中、いやもしかしたら学校全体にこの通称が浸透しているかもしれない。むしゃくしゃして、このラブレター破いたろかと封筒に手を掛けた瞬間、廊下の向こうから『可愛い方』が歩いてくるのが目に入った。幼い頃からの明るい茶色の天パーが、ロングヘアにするときれいなウェーブになって色白の顔を縁取る。長い睫毛に大きな瞳の『可愛い方』の伊藤陽菜。なんといっても彼女を『可愛い方』たらしめているのは、小柄できゃしゃな体型だ。身長153cmの陽菜に、うるうるした瞳で斜め下から見つめられたら、たいていの男子はアホだから、「風に揺れるポピーのような君を守ってあげた」く(以前の陽菜宛のラブレターより抜粋)なってしまうんだろうな。
それに比べて、と私は自分を見下ろした。身長175cm、女子バレー部では2年生ながらエースアタッカーだが、硬い髪質でショートヘアしか似合わない。初見で「でっかい女だなあ」と何度言われたことか。ひどい奴になると『進撃の巨人』なんてからかって、掃除の時間にうなじに空手チョップの真似事をしてくる。まったく中2男子はアホばかり。私がそんなことを思っている間に『可愛い方』は私を認めて上機嫌に近寄り、「陽菜ぁ」と甘ったれた声で顔を覗き込む。うわ、私にまでそんな顔すんの。あんた、そんなして誰にでも愛想ふりまくから、誤解する男子があとを絶たんのと違う? 心で悪態つきながら、でも幼馴染みの陽菜とは親友だと思ってる。
「陽菜ぁ、一緒に帰ろ」
 そんな私の思惑など知る由もなく、陽菜は天真爛漫に腕を絡ませてくる。自宅も同じ方向なのだ。並んで帰ると、自分は『可愛い方』の引き立て役なんだけど、陽菜に悪意がないのは私が一番よく分かっている。
「あ、そうだ、また私の下駄箱に入ってたよ」
 私は陽菜の目の前に、たった今摘まみだしたばかりの封筒を突き出した。
「またぁ?」

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