小説

『陽菜と陽菜』山崎ゆのひ(『うつくしきもの(清少納言)』)

国語の授業。『古典に親しむ』という単元に取り上げられているのは、清少納言の『うつくしきもの』だ。うつくしきもの、瓜にかきたるちごの顔、雀の子のねず鳴きするにをどり来る……なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし。清少納言がうつくしい(可愛い)と思うものは、みんな小さくか弱く、庇護してあげたくなるようなものばかりだ。千年以上も昔から、日本人は現代人と同じ美意識を兼ね備えていたらしい。だから、誰に教えられたわけでもないのに、女の子は自分を可愛らしく見せられるよう工夫を凝らす。私はこんなにもか弱いんだもん、誰か守ってよ、って。
 じゃあ、私は? 清少納言が「うつくし」と認めたもののカテゴリーに一つでも当てはまるものがあるのか? 思わず庇護してあげたくなるようなか弱さ、繊細さがあるのか? 男子をも凌駕する身長、鍛え上げた上腕二頭筋、掃除をサボるズルい男子を一刀両断に断罪する気の強さ。だめだ、だめだ、私は一生かかっても、陽菜みたいに愛され庇護される存在になれないよ。私は自分が損ばかりしているような気がして、落ち込んでいった。

 部活の帰り。今日は先輩アタッカーとのトリックプレーが決まったなあ、とほくほくして歩いていたら、新藤に呼び止められた。失恋の痛手は少しずつ薄らいできていたから、私は軽い調子で振り向き、あの夕陽の中の陽菜と新藤のように肩を並べて歩いた。といっても、私は新藤と頭半分も違わないから、新藤も私の方に屈みこむようなことはない。ほぼ真横から、突然聞かれた。
「伊藤、なんで返事くれないんだよ」
「何?」
「俺、お前の下駄箱に手紙を入れただろ?」
 手紙? ピンと来なくて黙った私に、苛立ったように新藤が言った。
「俺、ラブレターなんて初めて書いたんだ。てか、こんなに待たされるんならメールにしときゃ良かった」

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