小説

『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)

 乙姫はそっけなく言った。
「そんなわけ、ないだろう」
「ではお前は何の為にSNSをする? オンラインゲームはどんなご立派な目的でやっている?」
 乙姫の問いに絶句した。彼らはバーチャルゲームのような感覚で異星に滞在しているというのか。
「そんなことより、いい話をしてやる。亀を助けたお前は、竜宮で過ごす権利がある。望むなら妾との結婚さえできる」
「結婚!?」
 声が上ずった。が、落ち着いて考えてみれば、ゲーム内でプレイヤー同士が結婚するような感覚なのだろう。
 だとすれば亀を助けることは、次のステージに進むために必要なイベントなのだ。
 俺は速やかに竜宮内部の調査をし、地上に帰るべきだ。
「どうする? 妾と結婚するか?」
 ふわっと、花のような匂いがした。乙姫に抱きしめられたのだ。
 結婚などするわけない。そう思ったのに、別のこと口走っていた。
「一つ頼みがある。言ってくれ、『よくやった』と」
「――よく、やったわね」
 乙姫は言った。珠子そのものの顔で。
 これは俺の望むものとは違う。まがいものだ。
 分かっていても、差し出された水を拒むことができないほど、俺の心は渇していた。
「あ、『愛している』と言ってくれ」
「愛しているわ。永遠にここに居て……」
 乙姫の瞳と香りに頭の芯はしびれる。俺は降参するしかなかった。
     * 

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