小説

『ほら吹きの詩』辻川圭(『君死に給うこと勿れ』)

 「恥の多い生涯を送ってきました」
 廃墟ビルの屋上で、僕はそう呟いた。
 それから少し俯きながら、ゆっくり足を前に進めた。前方には錆び付いたフェンスが見えた。僕はフェンスに両肘を置き、そっと下を覗き込んだ。廃墟ビルの真下にはアスファルトが敷き詰められていた。これなら、死ねそうだと思った。
 僕は小さく息を吐き、アスファルトに身体を打ち付け、潰れたトマトのようになる自分の姿を想像した。少しだけ、吐き気がした。
 一度深呼吸をして、僕は決意を固めた。そしてゆっくりと、フェンスを越えた。フェンスの先は幅わずか四十センチほどのスペースしかなかった。僕はその心もとない空間に足を付き、空を見上げた。青く澄み渡る、大海のような青空。雲は浮かぶ船のように空を流れ、太陽はイエスの教えのように人々に光を分け与えていた。
 空に向かって、僕は告白した。
 「僕は今まで太宰を崇拝して生きてきました。太宰のようになりたいという思いから、どれだけ笑われても毎日毎日、文章を書いてきました。しかし、僕は太宰のようになれませんでした。だからこそ、僕は死ぬのです」
 「ぎゃははは。太宰って!」
 突然背後から笑い声が聞こえた。同時に僕の体はまるで金縛りにあったかのように固くなり、口腔内の唾液は全て枯れてしまった。そして、どうしようもない緊張感とともに、僕は振り返った。
 そこにいたのは、ひとりの女性だった。彼女は右手に缶ビールを持ち、左手にはコンビニ袋を持っていた。彼女は缶ビールを一口飲むと、言った。
 「ねえ、私さ、花見をしながらビールを飲むのは好きなんだけど、さすがに自殺を見ながらビールを飲むのはちょっとね。だから早くこっちにおいでよ。太宰」
 『太宰』という響きが僕の胸をくすぐった。全て見られていたんだ。そう理解すると、同時にどうしようもないほどの羞恥心が僕を襲った。

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