小説

『ほら吹きの詩』辻川圭(『君死に給うこと勿れ』)

 僕はしばらく何も言わぬまま、彼女を見つめていた。白のTシャツにデニムショートパンツ。すらりとした白い手足。足元のスニーカー。黒のショートヘアが良く似合う整った顔。
 「一体いつから、見ていたんですか?」
 震える声で訊くと、彼女はにやにやと笑いながら言った。
 「最初から。私がここに来た時にはもう太宰はフェンスの向こうに立っていて、急に懺悔を始めたの。私も目の前で人が死なれるのは気分が悪いし、懺悔が終わったら声を掛けようと思ってたけど、可笑しくて、ぷぷ」
 彼女は堪えきれないと言った様子で噴き出した。
 「あの、太宰って言うの、やめてもらえませんか?」
 「やめてほしかったらとりあえずこっちにおいでよ。太宰」
 仕方がないので、僕はフェンスを越えて彼女の元に向かった。自殺する気などとうに失っていた。
 「まあ、とりあえず飲む?」
 彼女はコンビニ袋の中から缶ビールを取り出した。「じゃあ」と僕は缶ビールを受け取った。
 「あの、あなたはどうしてここに?」
 「えー、なんだっけ?暇つぶしかな」
 どうやらすでに酔っているようだった。
 「ふう、ちょっと立ってるのも疲れちゃった」
 彼女はその場に腰を下ろし、胡坐をかいてぐびぐびとビールを飲んだ。砂漠の中心で給水するように、彼女の喉は心地よいほどの嚥下音を響かせていた。
 息継ぎもせずビールを一缶飲み干してしまうと、彼女は頬を薄ピンクに染めながら訊いた。

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