小説

『ヘルメット・ガール』益子悦子(『鉢かつぎ姫』(河内の国))

「ストーップ!」
ボーカルの茜が号令をかけても美音だけはギターを弾き続けていた。その悦に入った表情から完全に自分の世界に入ってしまっている。やや音程のずれたギターソロにバンドのメンバーはさして驚きもせず、「またはじまった」という呆れ顔で美音の指が止まるのを待つことに。やたら長いギターソロが終わる頃、美音はようやく周りの反応に気づいたようだった。
「ちょっとやりすぎじゃね?」
「そーだよ、美音がJUNリスペクトするの分かるけどさ」
「文化祭明日だよ? もっと気合い入れてやろうよ!」
いつものようにメンバーから非難をあびるも、美音は否定する気などさらさらない。なぜならJUNとは、高田美音も含めバンド全員が尊敬するギタリスト。その繊細で美しい透明感のあるギターの音色は日本一、いや世界一といっても過言ではない。
「じゃ、もっ回最初から」
とドラムスティックが鳴った時、音楽室のドアが開いた。
「高田いるか」
飛んで来たのは美音のクラス担任。血相を変えて「今すぐ帰れ」と言う。
「お父さんが救急車で運ばれたらしい」

美音はギターバックを背負って救急病院まで走った。
お父さんが落ちた。
あり得ない。
うそだ。

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