小説

『ヘルメット・ガール』益子悦子(『鉢かつぎ姫』(河内の国))

猿は木から落ちてもいい。でもお父さんだけは落ちてはいけないのだ。
そう思うと美音の目から涙がこぼれた。病院の帰り道、涙を隠すように美音は父のヘルメットをかぶった。昔、子どもの頃、ふざけてかぶったヘルメット。埃っぽくて汗くさい。でもそれは父の匂い。父の大きな手で守られているような感触は今も変わらない。駅の明かりが見えはじめると、美音はようやくヘルメットを脱ごうとした。そして異変に気づいた。
「ん?」
ヘルメットが脱げない。
「んん?」
両手で何度外そうとしても、ヘルメットは美音の頭にぴったりくっついて離れようとしないのだった。

「ただいま」
家に帰ると美音はヘルメットをつけたまま仏壇の扉を開けた。遺影の母親はにっこりほほ笑んでいる。美音の母は美音を産むとすぐに亡くなった。古い家の和室には立派すぎるほどの仏壇がある。それは宮大工の父が手作りしたもの。細かい装飾までほどこされた木箱には、父の言葉では言い尽くせない母への愛情が刻まれている。美音は辛いことがあると仏壇に触れる。指先でその木目をたどることで、知る由もない母のぬくもりを感じたかった。木目は最初は冷たいが、触れているとしだいに温かい感触へと変わってくる。

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