小説

『迷い子達へ』蒼山ゆう子(『マヨイガ』(東北地方、関東地方))

 襖を開くと、真新しさを感じるい草の香りがした。
 奥に見えるのは、閉じられた襖だ。
「なんで?」
 幸(さち)が今いる場所は、玄関から入ってすぐの部屋のはずだ。
 この襖を開けた先に見えるものは、玄関でなければならないのに。
「やっぱり、変だ。この家」
 幸は、隣にいる有(ゆ)希(き)の手を思わず握る。有希もぎゅっと幸の手を握り返した。

「あれ? 有希ちゃん、帽子は?」
 幸の言葉に、有希はハッとした表情で頭を押さえた。
 幸が通う女子高等学校の一年生達が行う林間学校二日目のオリエンテーリングは、始まって半分ほどが過ぎたところだ。山の中とはいえ、夏の日差しが厳しいなか帽子なしではきついだろう。
「途中で落としたのかも。前のチェックポイントで寄ったトイレではかぶってたから、その間にあると思う。ごめん、ちょっと取ってくる」
「あ、だったらわたしも一緒に……」
 幸が言い終わらない内に、有希はくるりと後ろを向いて走っていってしまった。
「ごめん、みんなはちょっとここで待っててもらっていい? わたし追いかけるよ」
 幸の言葉に副班長の玲(れい)が「え?」と声をあげる。
「別にここで待ってればよくない? 前のチェックポイントまでならすぐだし」
「うん。でも念のためにさ」
「まあ、別にいいけど」
 そう言った玲に、「ごめんね」と言って、幸は有希の後を追う。
 有希に追いついたのは、「あれ? この道、こんなに長かったっけ?」と思い始めた頃だった。

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