小説

『迷い子達へ』蒼山ゆう子(『マヨイガ』(東北地方、関東地方))

「有希ちゃん!」
「仲山さん」
 幸の呼びかけに有希が振り返る。その拍子に、きつめに縛られた三つ編みが揺れた。
「ごめん。追いかけてきてくれたんだ」
「ううん。こっちこそごめんね。帽子、すぐに気が付かなくて。というか前のチェックポイントまでってこんなに遠かったっけ? 五分くらいだった気がするんだけど」
「そうだよね。迷うはずないんだけどな」
「うん。地図通りに来たもんね」
 幸が広げた地図を二人で覗き込む。先ほどまでいた場所から、前のチェックポイントまでは真っ直ぐ一本道である。有希の言う通り、迷いようがない道だ。
 そのとき、どこからか「モー」という鳴き声が二人の耳へと届く。
「今のは……牛?」
 不思議そうな表情で言う有希に、幸も首を傾げる。
「この山って牧場なんかあったっけ?」
 顔を見合わせ、不思議に思いながらも二人は先へと進む。
 すると、細かった道が急に開き、突如として立派な門構えの屋敷が現れた。
 呆然としながらも、二人は恐る恐る黒い門へと近づいていった。
 なにか抗えない力に引き寄せられ、二人は屋敷の門をいつの間にかくぐっていた。
 屋敷の庭には紅白の美しい花が咲き乱れ、多くの牛や馬が飼われていた。
 玄関に入り、「ごめんください」と幸が声をかけるが、しばらくたっても返事はなかった。
 二人は靴を脱いで屋敷の中へと足を踏み入れた。普段だったら、知らない人の家に勝手に入り込むなんて絶対にしない二人であるが、今はどこか夢見心地であった。
 二人が我に返ったのは、玄関からすぐの部屋の襖を開き、中に入ってからであった。
 そこには、朱と黒の高級なお膳とお椀がたくさん用意されていた。今まさに準備が整った、といわんばかりの湯気が立ったご馳走が並んでいるのに、まったくといっていいほど人の気配がない。
 これは、いくらなんでもおかしい。
「有希ちゃん、出よう」
「うん」

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