小説

『天翔けるポチの花』阿部凌大(『花坂爺さん』)

 思えばポチとは、随分と長く一緒にいたものだ。嫁さんが亡くなってから俺がおかしくもならずに、こうして平穏気ままに暮らしてこれたのは、いつだって隣にポチがいてくれたからだ。
 だからポチの鳴き声はすっかり俺の鼓膜に染みついてしまったようで、もう動かなくなったポチの姿を眺めているだけで、その鳴き声が聞こえる気がするのも、きっと無理は無い。
 お互い歳を取ったなあ、なんて、冗談交じりに話しかけるとポチはそれを否定するようによく吠えた。足腰も少しずつ弱って、前みたく外の山を走り回るなんてことは出来なくなった代わりに、ポチはその鳴き声で俺とよく会話してくれるのだった。
「……今度こそ一人になっちまったなあ」
 俺はよいしょと立ち上がると、横たわったポチの前にしゃがみ込み、そっとその頭を撫でてやる。ポチは毛足の短い、真っ白な犬だった。こうして見るとポチはただ、眠り込んでしまっただけのように思える。ただあれだけ温かったはずのポチは、もう随分とかたく、冷たくなり始めていて、俺は滲んでいく視界を振り切るように、そっとポチの身体を布で包んでやって、両腕で抱えるように持ち上げた。
「おめぇを腐らせちまいたくなんかないからよ。ちっとばかしあちぃかもしれねえけど、我慢してくれな」
 今朝目覚めた時、ポチはその床の上で死んでいて、俺が思うに、ポチはその床の上を自分の死に場所と選んでいたのだと思う。ある時からポチは、その床に向かい、よく吠えるようになっていた。その床に吠え、俺の顔を見、また床に吠える。ここ掘れワンワンじゃあるまいしと、俺はその度にたしなめたものだが、ポチは最後まで俺にその床を示したかったらしい。
 ポチを抱え、外に出ると、近所の茂が俺に話しかける。

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