小説

『雪路の果てに』春比乃霞(『こんな晩、雪女、座敷わらし』(日本各地(こんな晩、雪女)、岩手県など(座敷わらし))

「こんな晩だったな、お前に殺されたのは」
 それまで一言も口をきかなかった少年が、父親に言い放った最初の言葉だった。
 雪の積もった真夜中、満月の下で父親は愕然とする。我が子の顔は、かつて殺した旅人の顔そのものだった。
 父親は回顧する。十年ほど前に、宿を求めてきた旅人を殺し、金品を奪った。それを元手に始めた商売が大成功し、家は使用人まで抱える大豪邸になっていた。誰も、旅人を殺したことなど知らない。遺体は沼に沈めた。この秘密さえ守り通せば、一生裕福に暮らしていける。
 そう思っていたのに。
 旅人は、自分の子供に生まれ変わったのだ。殺された恨みを晴らすために。
 以降、父親は病気がちになった。子供を見るたび震えるようになる。彼にだけ、子供の体に中年の顔がついているように見えていたのだった。子供は、病に伏せる父親を見てはニヤニヤと笑う。それを気味悪がって、使用人たちは出ていく。いつしか家は没落し、疫病神の子供のためだという噂が、村中に広がった。
 父親が死ぬまでに、そう時間はかからなかった。母親は毎日泣き続け、子供など存在していないかのように振る舞った。
 復讐は終わった。かつて旅人だった子供は家を出る。村人たちからの白い目を避けるように、山奥に暮らす炭焼き老人の所へ身を寄せた。
 老人はやがて死に、彼は一人で暮らすようになった。

 少年は立派な青年に成長した。小さな畑を耕し、農閑期には炭を焼く。実入りは決して多くはなかった。
 自分は、あの夫婦に報復するために生まれてきた。それがもう済んだのだ。あとは死ぬだけの、余生を過ごしている。裕福な暮らしから一転、貧しい生活をしていたが、恨みごとは言わなかった。
 雪がどっさり降った、ある真冬の夜。寒空には煌々と満月が輝き、純白の夜はにぶく光っている。月の明るい晩は、遅くまで仕事ができる。男は黙々と、わらじを編んでいた。雪の続く日は炭焼き小屋まで行くことができない。そのため、わらじを作り少しでも銭を稼ぐのだ。

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