小説

『雪路の果てに』春比乃霞(『こんな晩、雪女、座敷わらし』(日本各地(こんな晩、雪女)、岩手県など(座敷わらし))

 部屋に、わらじを編む音だけが響く。雪の晩は、恐ろしいほど静かだ。いつも、この世に一人だけ取り残されたような気持ちになるのだった。
 それを破るように、聞きなれない音が近づいてくる。男は作業の手を止め、顔を上げた。
 一歩一歩、雪を踏みつぶし歩いてくる。重たい足取りであることは分かった。村人がここまで登ってきたことは一度もない。ましてや、こんな雪の日に旅人が通ることなどないだろう。
 正体不明の足音に、男はそっと立ち上がって鉈を手に取る。
 家の前で足音はぴたりと止まる。トントン、と弱い力で、戸が叩かれた。
「すみません」
 男は拍子抜けする。鉈を手にしたことが恥ずかしくなるほど、弱々しい声だった。
 男は鉈を元の場所に戻し、そっと戸を開ける。
「今夜、一晩泊めてくれませんか」
 妙齢の女が、震えて立っていた。
「ど、どうぞ」
 慌てて彼女を、家へ通す。
「ありがとうございます」
 女は目に涙を浮かべて、頭を下げる。
「そんなことは良いから、はやく」

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