『待ち合わせ』松野志部彦(『浦島太郎』)
本当は行かないつもりだったが、由佳がどうしてもと言うので、僕は眠い目をこすりながら浦島祭へ出かけた。あちこちに提灯をぶら下げた町並みは、いつもより浮足立った印象だ。浴衣を着た男女がたくさん歩いている。皆が目指しているの […]
『バランス オブ ワールド』中村市子(『羅生門』)
「パンツ、脱いで」 紗栄子が言った。友介は何を言われているのか分からず視線をそらした。ここは鬱蒼とした木々に囲まれた中学校の裏門から続く林道だ。といっても、今は誰も使っていない廃道同然の道で、昼間でも薄暗い。かつてはこの […]
『注文の多いお弁当』木口夕暮(『注文の多い料理店』)
午前二時。額を何かに突かれて目を開けると、鶏が居た。 「えっ?」 鶏。 俺が呆気に取られて見ているうちに、ぱたぱたっと羽ばたきをして何処かへ居なくなった。 「昨夜、変な夢を見たよ」 翌朝妻に言うと、なぁにそれ […]
『王 Sit!』柏原克行(『裸の王様』)
その昔、大陸全土に覇を拡げんとする強国があった。その名をキントレイと言い戦王カールの治世の下、無敗を誇る軍事大国として人々から恐れられていた。嘗ては職人大国として名を馳せたが今では軍属である事こそ誉とされており若い男で […]
『井の中の蛙は大海の夢を見るか?』室市雅則(『井の中の蛙大海を知らず』)
蛙は大海を知らなかった。 大海どころか海を知らなかった。 なぜなら、蛙は井戸の中で生まれ育ち、一歩もそこを出たことがなかったからだ。しかし、知らないからと言って不便があることもなかった。何故なら、蛙の周りには誰もお […]
『娘の家』吉岡幸一(『リア王』)
夏も終わろうとしていましたが、まだ日射しが肌をじりじりと焼くような日々が続いていました。剛志(つよし)は昼食を食べている途中で席を立つと、そのまま家を出ていこうとしました。すでに八十歳を過ぎていましたので敏捷な動きはで […]
『三十年の時を越えて』ウダ・タマキ(『浦島太郎』)
柔らかな風が吹き抜けた。木々を優しく撫で海へと向かう風は、排気ガスを吸い込みながらビルの谷間を吹き抜ける都会のそれとは違った。 青い空を流れる雲を見上げ、僕はあの頃を思い出していた。 駐輪場は蝉の合唱に包まれて […]
『彼の猫』斉藤高谷(『山月記』)
久しぶりに実家に帰った。母と仕事の近況や誰それが結婚したとかいう話をしているうちに、トモミツ君の話題になった。 「あの子、猫飼いだしたのよ」 トモミツ君とは幼稚園から高校まで一緒だった。家が同じ地区ということもあり、 […]
『天国か地獄か、どっちもいやだ』平大典(『閻羅』)
目の前には、川が流れていた。 どんよりとした霧が立ち込めて、空は真っ暗。 小石がたくさんある川原に、僕はひとりで立っていた。周りには誰もおらぬ。 川の水面はどんよりとぬめっていて、透き通っていない。空には雲がない […]
『ブレーメンで告白しましょ』洗い熊Q(『ブレーメンの音楽隊』)
「このロバはもうダメだ。麦の袋を一つと運び出せない。もう餌をやるのを止めてしまおう」 ナレーション担当、拓郎の饒舌な語り。こんな子供向けの影絵芝居とて手抜きなんてしない。 ボランティアでも演劇の素晴らしさを伝えようと […]
『人間瓶詰』柿沼雅美(『瓶詰地獄』)
私と兄の二人がこの家に生れ落ちてからもう何年になるのだろう。制服のままベッドであおむけになって思った。私は18年、兄の修一は30年になるのか。この家は年中春先のようで、クリスマスやお正月も普通に和やかな時間を作れてきて […]
『まちがった林檎と水曜日くん』もりまりこ(『白雪姫』)
ほんとうになにもいうことがなくなって、どうするってなってるなここ最近の俺はって、白井は心の中で呟いた。空白を埋められない日々。 なにもすることはないのに、腹は減るんだよってもういちど呟いた。 テーブルの上には、でっ […]
『望み』小山ラム子(『シンデレラ』)
被服室からはカタカタというミシンの音やおしゃべりの声が聞こえてくる。恐らく部活中の手芸部の人達だろう。深呼吸をしてからドアをノックしようと片手をあげた。 「なにしてんの?」 驚いて振り返る。そこにいたのは同じクラスの […]
『蚊』永佑輔(『蚤と蚊』)
「セルフレジを導入するので、アルバイト店員を一人削減する事になりました」 オーナーは全アルバイトを集めて言ったけれど、その視線は明らかに山田だけを捉えていた。他のアルバイト達もオーナーの視線を追って、山田を凝視した。 […]
『なめるなよ、そこの女』真銅ひろし(『かえるの王さま』)
やめておけ、あいつにお前の良さなんか分かるわけない。 ずっとそう思っていた。 西野一男。この男は一人の女に惚れている。 妹尾優香。あだ名は『姫』。 同じクラスで我が高校ナンバーワンに等しいくらいの美女だ。もちろ […]
『空音』太田純平(『琴のそら音』)
会社の受付嬢が38度の熱を出して休んだ。ただこれだけの話である。しかし今のご時世が――高熱を出す新型のウイルスが蔓延している昨今の事情が、たった一人の欠勤に物語を与えた。 あれは朝、いつものように会社に出勤してきた時 […]
『竜宮城は海の底』月山(『浦島太郎』)
浦島太郎が目撃したのは遥か下へ遠ざかっていく亀と自分の体でした。 すっと目の前を横切っていく魚の姿に、はっと浦島は我に返ります。ああそうだった。ここは海の中だった。深く暗い海の底へ向かって、亀はまっすぐに潜っていくの […]
『選ぶって上から』志水菜々瑛(『花いちもんめ』)
「今日から花いちもんめは禁止です」 体育館に集められた私たちに、学年の先生が告げた。先生が「大事なお話」をする時の振る舞い方を、私達はわきまえていた。口を真一文字に結んで、先生の顔を真っ直ぐ見て、三角座りをまとめる両手 […]
『ある海と蝋燭の幻想』酔春(『赤い蝋燭と人魚』)
海が黒い、というのが、この町で最初に思ったことだ。 北の海は冷たく、暗く、のぞき込んでも底がまるで見えない。私にとっては見慣れない光景のはずだけれど、恐ろしさは感じなかった。むしろ、妙に落ち着いた気持ちさえになる。そ […]
『夢三夜 流転』長月竜胆(『夢十夜』)
第一夜 欲――現在―― こんな夢を見た。 私は、切り立った崖の上に立っている。岩と土の混ざった地面と、一本の枯れ木。その向こうで、世界は二つに割れている。 月のない星空。波のない海原。境界では、歪みのない水平線が地 […]
『私、綺麗?』南葉一(『口裂け女』)
生まれ持って口が横に大きかった私は、物心着く頃には『口裂け女』というあだ名が馴染んでいた。 自分で言うのも何だが、目鼻立ちは割と整っているので、そこがまたみじめで、何度口さえ普通に生まれていればと思ったことか。笑うと余 […]
『主役』古林一気(『白雪姫』)
人は言う、完璧な人間なんていない、と。誰にだって欠点はあるのだと。そんな言葉に勇気をもらっている方々には申し訳ないが、「完璧な人間」は存在する。そして、完璧な人間こそが、主役になれるのだ! ティリリリリ、スマホのアラーム […]
『恋花-koibanaー』高橋小唄(『鶴の恩返し』)
その青年は森の匂いがした。 どこか懐かしい雰囲気は、煙草の蔓延する居酒屋には場違いすぎて彼だけが別空間にいるみたいだった。 私はその青年が妙に気になって、トイレに立った時に依(より)に訊いた。 「ねえ、あの小鳥と話 […]
『猫かぶり姫』久保田彬穂(『灰かぶり姫』)
姉はいつも私の好きな人を取る。どうでもいいのを押し付けて。それでも私は文句を言わない。なんでも言うことを聞く、いい子を演じる。 姉は母に似ている。こんな、「中の中」の家に住んでいるのに、いつまでも女王様とお姫様気分で […]
『こびとからのおくりもの』石咲涼(『こびとのくつや』)
「かわいい~♪ こびとさん喜んでるね」 娘のお気に入りの絵本「こびとのくつや」を読む度に、こびとが洋服をプレゼントされるシーンでとても喜ぶ。しかし「どうしてこびとさんは裸なの?」というお決まりの質問もある。他の絵本に出 […]
『恋するオハナ』はやくもよいち(『とりかへばや物語』)
虫の羽音と間違うほど弱々しい声で名を呼ばれ、俺は足を止めた。 朝の五時半、ジョギング中のことだ。 3月、東京は桜の花にはまだ早い。 手漕ぎボートが浮かぶ池を一周する小径には、人気がなかった。 「イッセイ、清水一成。おぬし […]
『北風からの手紙』洗い熊Q(『いちょうの実』)
それは今の時代には他愛ないもので、目障りなものとしか言えない。 ――チェーンメール。そういった類だ。迷惑メールと称してもいいか。 ある日、不特定多数に。 それこそ世界中に。 送付された宛先、送られた総数を知れば […]
『不思議の国の案内人』千崎真矢(『不思議の国のアリス』)
「つまらないわお姉さま!」 可愛い少⼥の甲⾼い声のお陰で本に没頭していた私は現実に引き戻される。私の妹、アリスの声だ。 「本を読んであげているじゃない」 「でもそれ字ばっかりよ。絵がなくて⾯⽩くないわ」 私は結構気に […]
『駄作三昧』南口昌平(『戯作三昧』『あばばばば』『芋粥』芥川龍之介)
漫画家の柳川虎之介は、喫茶「Rasho-mon」でコーヒーをすすっていた。テーブルの上にノートを開き、時折ペンを走らせる。漫画雑誌「月刊少年シャバク」で連載中の『トシとシュン』の締め切りが迫っていた。 『トシとシュン』 […]
『シンデレラは……』スマイル・エンジェル(『シンデレラ』)
ドアがためらうように開き、チェーン越しに部屋の明りがもれる。 俺は、仕事の時の営業スマイルで 「夜分に申し訳ないです。隣に住む荒木です。実は、カバンを無くしてしまい、部屋の鍵も携帯も財布も無くて。申し訳ないのですが、10 […]