小説

『注文の多いお弁当』木口夕暮(『注文の多い料理店』)

 午前二時。額を何かに突かれて目を開けると、鶏が居た。
 「えっ?」
 鶏。
 俺が呆気に取られて見ているうちに、ぱたぱたっと羽ばたきをして何処かへ居なくなった。
 「昨夜、変な夢を見たよ」
 翌朝妻に言うと、なぁにそれ、と笑った。
 「鶏なんて。何かの見間違えでしょ」
 「いや、眼鏡がないからぼやけてたけど、絶対に鶏だった。妙にリアルでさ」
 すると妻は心配そうな顔をした。
 「書斎のベッドの寝心地が悪いのかしら。ごめんなさい」
 妻の妊娠が分かってから、夫婦の寝室は別になった。俺の鼾でよく眠れないと言われ、妻は二階の寝室を一人で使い、俺は一階の書斎にソファベッドを買って眠るようにしている。
 「そうでもないんだが。もう出かける」
 玄関に生ゴミが入った袋が置いてあったが、一瞥して通り過ぎた。朝から会議があるのに、スーツに匂いをつけたくない。こういう細かな心配りは大事だ。
 妻は笑顔で
 「いってらっしゃい」
と送り出してくれた。妻は家事、俺は仕事。うちは役割分担が出来たいい夫婦だ。

 ぴちゃん。
 午前二時。何か水滴が頬にかかって目が覚めた。
 「えっ?」
 魚。
 枕元で魚が跳ねている。
 俺が呆気に取られて見ているうちに、ぴちぴちと跳ねながら何処かへ居なくなった。
 変な夢だが、二度も報告することじゃない。妻には黙っていた。

 「主任?難しい顔して、どうしたんですか」
 会社でエレベーターを待っていると、部下の女の子に声を掛けられた。
「いや、ちょっと夢見が悪くて」と言うと
 「大丈夫ですか?」
と心配してくれた。可愛い。その後エレベーターを降りながら小声で、
 「今度、あたしの夢も見て」
と囁く。
 「馬鹿」
 俺も小声で言い返して背中を小突く。部下は俺の不倫相手だ。

 気づいたのは三日目のことだ。
 三日目は鰻だった。手ににゅるにゅると纏わりつくものが居て、
 「わっ?」

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