小説

『注文の多いお弁当』木口夕暮(『注文の多い料理店』)

と目覚めると、布団の中で鰻がのたうち回っていた。
「な、何なんだよ一体!」
 薄暗がりの中で背中を光らせる鰻は蛇のようで気味が悪く、のたうち回りながら何処かへ消えていった。
 「まさか・・・」
 俺の予感は当たった。その日の弁当のおかずは鰻の蒲焼。
 実に美味かった。

 思い返すと、初日の弁当のおかずは鶏のから揚げ、二日目は焼き魚。そして鰻の夢を見た日は蒲焼。偶然にしては出来過ぎている。
(どうせなら宝くじの番号でも分かりゃいいのに)
 昼飯の献立の予知夢なんて、みみっちい。笑い話にもならない。

「はい、これ。お弁当」
 部下の女の子がコンビニの袋を差し出す。
「早く取って。人に見られちゃう」
「うん、ありがとう」
 渡してくれたのは手作り弁当だ。使い捨てのプラスチック容器とコンビニの袋でカモフラージュしてある。妻がつわりで料理を嫌がると言うと、作って来てくれるようになった。会社近くの路地裏が受け渡し場所だ。
 「今日は中華風のお弁当にしたの。じゃ、後でね」
 彼女は俺の頬にチュッとキスを残して走り去っていった。俺は辺りを見回して、人目が無いのを確認して会社へ向かった。昼休みに包みを開くと。
 (ああ、成程)
 天津丼か。今日の夢は、卵だったからな・・・

 それからも変な夢は続いた。多少気味は悪いが、実害は無い。仕事は充実しているし、彼女ともうまくいってる。心配と言えば妊娠している妻の体調位か。
 倦怠感が続き、体が思うように動かないらしい。次第に家の中が雑然としてきた。洗い物も溜め込むようになり、掃除も行き届いていない。気づいて注意しても、すぐに動かない。料理も野菜を刻むだけのサラダとか、冷凍食品とか。
 「なあ。早めに実家に帰ったらどうだ」
 妻は俺が家に帰っても出迎えず、ソファで横になっていた。夕食も、近所のスーパーの総菜を盛りつけただけのものだ。
 「うん、でも家の事が気になって・・・」
 「気になっても、出来なきゃしょうがないだろ。産む時も世話になるんだから、今から行っておけよ」
 妻の実家は産婦人科なのだ。これ程安心な所は無い。

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