その昔、大陸全土に覇を拡げんとする強国があった。その名をキントレイと言い戦王カールの治世の下、無敗を誇る軍事大国として人々から恐れられていた。嘗ては職人大国として名を馳せたが今では軍属である事こそ誉とされており若い男であれば有事の度に戦場へと駆り出された。国民は終わりの見えぬ戦争の日々に疲弊していった。
いよいよ大陸制覇が目前と迫る中、国中の職人が城に招聘を受けた。職人達は招かれた理由も知らされず一抹の不安と恐怖を抱いていた。その中には家具職人のゴッチの姿もあった。
「今般、集まって貰ったのは他でもない。此度の勝利により我が国の大陸制覇が確実のものとなった。そこでだ一ヶ月の後、大陸全土に我が王の威を轟かせんがため大規模な戦勝パレードを催す事とあいなった。この場に集う職人共は国内でも名のある者達だ。そんなお前達の腕を見込んで歴史に名を残す陛下に相応しい最高の品を拵えて貰いたい!無論、褒美は取らせる!王は今や天にまで届かんとするその権威を象徴するこの世に二つとない品をお望みだ!」
軍人上がりのラザノフ大臣の布告に職人達の歓声が響いた。彼等は戦争の終結以上に己が腕を存分に揮える機会が何より嬉しかったのだ。だがゴッチだけは浮かない顔をしている。王の権威を象徴するに能うこの世に二つとない品とは何を意味するのか?彼はこの曖昧な注文が難題に思えて素直には喜べなかったのだ。職人達はその場で大臣より何を作るか予め発注を受け其々前金として金貨10枚を受け取った。
「家具職人ゴッチよ!お前には新たに王の鎮座する玉座を作って貰う!軍神とも称される王の威光をお前の腕を以って存分に示せ!よいな。」
「畏まりました…。」
皆、終戦の喜びと降って湧いた褒美の機会に浮かれて意気揚々と城を後にしたが、それを余所にゴッチの足取りは重かった。彼には何の策も無かった。家具職人として椅子を作る技術は誰にも負けない自負はある。だが王の権威を象徴する品ともなれば話は違って来る。頂いた前金で絢爛豪華な宝飾を付けたり龍や虎などの猛々しい動物の装飾を手彫りで施すのは当然頭にあった。無論それらを精巧に施す自信はあるのだが、それがこの世に二つとない代物なのかと問われればそうは思わない。加えてあの抽象的なお題である。
自宅に帰ると食事も摂らず工房に籠り先ずは頭に浮かんだままを紙に粗描していくのだが、全くと言って良い程に捗らない。戦果を挙げ凱旋する王を何度も見た事はあるが王の印象が余りにも薄い。寧ろ国民を次々と戦渦に巻き込む忌むべき存在でしかないのである。そこに今回の創作における難しさがあった。
「奴の何処に権威があるってんだ…無辜の民に分かる筈もねぇぜ。」
結局この日は何一つ捗らないまま暮れていった。