小説

『王 Sit!』柏原克行(『裸の王様』)

 あれから数日が経った。徴兵を終えた弟子のマウロも職場に復帰したのだが肝心なゴッチはというと沈黙したまま座して一日を終えるといった具合だ。過去の戦争で息子の様に可愛がった一番弟子であり娘婿のヨハンを失い、一人娘の悲しみに触れ彼の中で王の権威ほど嫌悪する対象もなかった。そんな王を讃えんが為に自らの腕を揮うのが馬鹿らしく覚えるのも無理もない。
「いっそ処刑台でも拵えてやりましょうか?」
「面白い事言うじゃねーか!悪くねぇ。この数日ずっと考えてたんだ。なんで作業に乗り気になれねーのかって。俺はよぉ元々アイツが大嫌いなんだ戦争屋のアイツがよ。どうにかあの王様の鼻っ柱を圧し折ってやれねーもんか。」
「でもまさか処刑台なんて出したら、それこそこっちが処刑されかねません。」
「いや玉座は玉座でいい。あのバカにお似合いの玉座を作るんだ。バカにお似合いのバカが座る玉座だ!」
「そもそもあの負けず嫌いでプライドの高い王を座らせるにはそれ相応の条件を満たさなければ難しいと思います。それこそ座ろうという気にさせなければ。」
「余計に難しい物種か…。」
 互いに一日中絞り出せるだけアイデアを出し合ったが結局これという妙案は思い付かなかった。完全に集中力が途切れたマウロは無意識に仕事道具を指先で器用に回し始めた。彼の悪い癖である。実は彼は元大道芸人で戦火に追われこの街にやって来た。戦争で働き口を失い手に職をつけるべくゴッチに弟子入りしたのだった。
「うめぇもんだ。だが仕事道具で遊ぶのは良くねぇ。」
「すみません、つい癖で。ヨハン兄貴にもよく叱られたっけ…。こうやってると落ち着くんです。戦地でもよく皆の前で披露してました。」
「その器用さがありゃ職人としても大成できるかもな。アイツもお前を高く買っていた。さぁ飯にしよう。いつの間に日も暮れてやがる。今日は仕舞いだ。」
 二人は工房を離れ台所に向かった。食卓には妻エッダご自慢の料理が並べられている。空腹の余りゴッチはつまみ食いしながら席につこうとした。その時である。確認せず座ろうとした所為もあるが、ある筈の椅子がそこにはなくゴッチの巨体は空をすり抜け尻から床に落ちた。ドスンと物凄い音が響き卓上の料理が散乱し酷い有様だ。
「痛ててて…なんてこった。」
「バカだねぇ意地汚い事するからだよ。椅子も無いのに座ろうとするなんて、とうとう焼きが回ったね。」
「うるせぇ!誰だここにあった俺の椅子を動かしたのは。」
「無いのに…座ろうと…女将さん、今そう言いました?」
「マウロ、ボーっとしてないで起こしてやってよ。」
「…思い付いた…。」

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