小説

『猫かぶり姫』久保田彬穂(『灰かぶり姫』)

 姉はいつも私の好きな人を取る。どうでもいいのを押し付けて。それでも私は文句を言わない。なんでも言うことを聞く、いい子を演じる。
 姉は母に似ている。こんな、「中の中」の家に住んでいるのに、いつまでも女王様とお姫様気分でいられる気が知れない。母が再婚した男はどうにも気弱で、いかにも母が“結婚相手”に選びそうな人だ。「中の中の中」の男。でもそんな男が連れてきたのは、「上の上の上」の娘だった。
 シンデレラ。それは100人中100人が認める美しさだった。
 姉と母は自分よりも美しい人間が嫌いだ。
 今まで私の仕事だったものはほとんどシンデレラがやることになった。掃除、洗濯、買い物に犬のディープの散歩。料理だけは、「シンデレラの作ったものなど食べたくない」と母が言うので私の担当だ。シンデレラが作ったアクアパッツァが食べたい。あまりにも美味しすぎた。美味しすぎたから、もう作らせてはもらえないのだ。母は自分より料理ができる人間も嫌いだ。
 あと私の仕事と言えば、姉の周りについてくるくだらない男の後始末。シンデレラにさせたら男が離れなくなる。姉はシンデレラに怯えていた。
 シンデレラは文句も言わず、丁寧に仕事をした。私よりも真面目で純粋で、清くて美しい。
 でもねシンデレラ、この国ではそれだけでは生きていけないんだよ。ここではあなたより私の方が上なの。私たちはそういう世界を生きなければいけない。

 シンデレラに家のことをさせている間に、私たちは母と買い物に出かけた。目当ては、来週末のパーティ用のドレス。姉はそのパーティに懸けていた。もうアラサーの姉は焦っている。今度のパーティは若手実業家が集まるものだ。ここでなんとか捕まえなければあとがない、とさすがに自覚している。
 姉が試着をしている間、どこかへ行くことは許されない。もう何が違うのかもわからない真っ赤なドレスを何度も見せられる。店員さんの、顔と心の表情が一致していないのが見てわかる。私はというと、2年前に買った紺のドレスで我慢。母は姉の方が好きだ。
 結局一番初めに着たドレスを選んだ。どうせそうなるとわかっていた。私はずっとそれがいいと言っていたのに、私の意見など聞いてはいない。
 そのあとも靴、バッグ、ネックレスと姉は全てを買い揃え、気づくと夕方になっていた。
 付き合わせたお礼、と姉は夕飯をおごると言った。こういう人間はやたらとおごりたがる。そして私みたいな人間は、相手の機嫌をとるために喜んでおごられる。今日は買いすぎたかぼちゃで、シチューでも作ろうと思っていたのに。
 シンデレラに夕飯は適当に済ませるようにと電話しようとしたが、姉に止められた。そこまでするか、と思ったけど、やっぱり私は電話をかけなかった。

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