小説

『猫かぶり姫』久保田彬穂(『灰かぶり姫』)

 家に帰ると、シンデレラは父親とご飯を食べていた。母から外食の話を聞いた父親が仕事帰りに買ってきたのだろう。1人分の弁当を2人で分けている。シンデレラも一緒に外食していると思ったとは、なんて能天気な男だ。この2人が親子であることに妙に納得した。
 部屋に戻ると、私は毎日することがある。誰にもばれないようにこっそりと部屋で練習している。シンデレラのおかげで練習する時間が格段に増えた。

 パーティ当日。姉はわざわざシンデレラがディープの散歩から帰ってくるのを待って、赤いドレス姿を見せつけた。着飾った私たちを見てシンデレラは初めてパーティがあると知った。
「私も行きたい」
 初めてシンデレラが意思表示をした。姉はドレスコードがあるから無理だと言い放って車に乗り込んだ。車が出ても、シンデレラはしばらくこちらを見ていた。
 姉は車の中で何度も鏡をチェックして、口紅を塗り直した。香水の匂いが充満する車内に気持ちが悪くなった。

 パーティ会場には真っ赤なドレスを着た女が何人もいた。一番目立ちたい人間たちが、一番埋もれて見えた。
 入ってすぐに思った。ここは、私みたいなただの会社員が来るところではない。姉はホステス時代のお客さんのつてで呼んでもらっているが、今は無職だ。やったこともない化粧品関係の仕事について熱く語っている姉を、遠目に見る。口から次々に嘘が出て来るのは、もはや遺伝性の病気だ。残念ながら私にも、その血は流れている。
 私は常に姉が見える位置にいて、姉のグラスをチェックする。グラスの中身はバロメーターだ。「ない」と思った分だけ飲む。今話している男は近寄ってきた途端に3分の2くらい飲んでいたから、無くなるのも時間の問題だ。私は、家に何種類のワインがあるか語っている男の話など聞かず、姉のグラスを見ていた。23本目のワインについて語り出したとき、姉は残りを飲み干した。私はワイン男に「今度飲ませてくださいね」とだけ言って姉の元へ行った。
 姉妹であることは隠して、男に興味があるふりをして近づく。姉はドリンクを取りに行くふりをしてしれっと別の男の元へ行く。私は姉が捨てた男の後始末をする。姉に近づいてくる男なんてろくな奴がいない。大抵、今日やりたいだけの奴らだから、きっと誰でもいいのだろう。また姉の元へ行ってしまうと面倒だから、私はそいつらの欲を満たしてあげる。
 女子トイレはもちろん、男子トイレの個室も全部埋まっていた。個室の扉の下からは様々な色のドレスが顔を出している。といっても、五分の三が赤だ。高い金を払って手に入れたドレスは、着るためではなく脱ぐためのものだ。
 個室に入らずに始めようとしてきたので「またあとで」と言って、吐息と粘着質な音が響くその空間を去った。
 戻ってすぐに姉を探す。すると会場のど真ん中に大きな群れが出来ていた。その周りには、暇そうに群れを眺める男たちが点在している。姉はその群れの、なかなか後ろの方にいた。この世で一番嫌いなのは女の集団だと言っていた姉が、まさかあんなところにいるとは思わなかった。

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