小説

『猫かぶり姫』久保田彬穂(『灰かぶり姫』)

 全てはあの白いドレスの女のせいだと憤慨している。でもそれがシンデレラだとは全く気付いていない。最後に、白いドレスの女が会場を出ようとしたとき、足を引っかけてやったと自慢げに言い放った。
 惨めな女だ。そんな姉の唯一の良いところは、感情を長引かせないところ。次の日にはけろっとして、また別の相手を探していた。しかしシンデレラは、やっぱり元気がなかった。

 数日後、街ではある噂が流れていた。
「とある会社の社長が、ある女性を探している」
 その女性のガラスの靴が会場に落ちていたので、社長はこの靴にぴったり合う女性を探して、その人と結婚する、とのことだった。噂を聞いた姉は社長の元へ飛んで行った。私はシンデレラにそのことを告げると、一緒に来てほしいと言われた。
 社長室の前には長蛇の列が並んでいる。泣きながら出て来る女たち。誰にも合うはずがない。あれは私がシンデレラのために作ったガラスの靴なのだから。
 ついに社長室の中に入った。3つ前に並んでいた、姉の番だ。姉は無理やり履こうとするがもちろん入らない。イライラして靴を壊しかけ、秘書に抑えられた。涙目で帰ろうとした姉が、こちらに気づく。姉は鼻で笑い、「シンデレラのはずがない。そうでしょ?」と私に同意を求めてきた。私は姉のことを一切見ず、ガラスの靴に足をはめるシンデレラを見つめていた。
 ぴったりとはまった足。そしてシンデレラはもう片方の靴を取り出し、履いて見せた。ここで私の出番だ。思いっきり魔法をかける。シンデレラはまた純白のドレスに身を包まれる。ついでに社長にも魔法をかけ、白いタキシードにしてみせた。驚く姉の顔は一生忘れない。

 シンデレラは社長と結婚し、家を出た。
 私が姉を裏切ったから、姉は私をひどくいじめるのだと思っていた。しかしそんなことはなく、家事は率先してやるし、男の後始末ももうしなくていいみたいだ。姉に全くなついていないディープの散歩が、一番大変らしい。でもいつもへとへとで帰ってくる姉は、少しだけ愛おしい。姉はきっと、魔法に怯えている。
 それでも料理だけは私の仕事だ。姉は母より料理が上手くはないけど、下手過ぎても作らせてはもらえない。魔法で料理が作れたらラクなのに。でもやっぱり、ラクしたいだけでは魔法は上手くいかない。
 鱗が上手く取れない。レモンの汁が目に染みる。
 シンデレラのアクアパッツァが、また食べたい。

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