小説

『猫かぶり姫』久保田彬穂(『灰かぶり姫』)

 その群れの中心には、圧倒的にこの会場、いやこの国で、一番美しい男がいた。彼はIT企業の社長らしいが、そんなことどうでもいいくらいの完璧な容姿だった。私が姉の残飯処理をしている間に姉は最高級のステーキを食そうとしていた。
 私はそんな姉も、ワイン男も、ただやりたいだけのやつも全部どうでもよくなってパーティを抜け出した。

 家に帰ると、シンデレラがミシンをしていた。洗濯物も畳まず、洗いものもほったらかしで。ディープが心配そうに見ている中、私のおさがりのスカートやシャツをつなぎ合わせて必死にドレスを作っていた。それはあの会場に着ていくにはみすぼらしすぎるものだった。
 私はシンデレラに気づかれないよう、そっと自分の部屋に戻った。きっとあの社長にふさわしいのはシンデレラのような人だろう。真っ赤なドレスを脱ぐために買う女より、みすぼらしいドレスを、着るために作っている人。
 私はドレスを脱いでシンデレラに渡した。シンデレラは私の生暖かいドレスを嫌がりもせず、むしろ喜んで着た。
 急いで出ようとするシンデレラを、私は引き止めた。練習では半分くらいの成功率だけど、やるしかない。私はシンデレラの前で大きく手を振りかざした。
 するとシンデレラのドレスはみるみるうちに純白に変わった。シンデレラは驚き、そして私が魔法を使えることを素直にすごいと言ってくれた。私はシチューになれなかったかぼちゃにも魔法をかけ、馬車にした。そしてディープも、白馬に変えて見せた。
 こんなに成功したことはない。今ならできる気がする。いつもは今あるものを変化させることしかできないけど、今なら。私は最後にすべての力を振り絞った。
 するとシンデレラの足をガラスが覆っていき、ガラスの靴ができ上がった。
「魔法は24時に解ける」
 そう伝えると、シンデレラは急いで馬車に乗ってパーティへ向かった。自分でもこんなに魔法が使えたことはない。誰かのためなら、実力以上の力が湧いてくるものなのかもしれない。
 私は久しぶりに洗濯物を畳んで、皿を洗った。きっと先に帰ったことを姉に怒られるのだろう。お酒を飲み過ぎて体調が悪くなった、とでも言えばいいか。またすぐに嘘のいい訳を考えてしまう。
 24時を少し過ぎたころ、シンデレラは帰ってきた。かぼちゃを手に持ち、犬に戻ったディープを連れて。裸足のシンデレラは、ガラスの靴を片方だけ持っていた。浮かない顔をしているシンデレラに何も聞けなかった。ディープはずっとシンデレラの側を離れなかった。
 少しして姉も帰ってきた。誰にも脱がされなかったであろうドレスがしわになることも気にせず、勢い良くソファに体を沈めた。私は体調が悪いふりをしようとしたが、私が先に帰ったことなどどうでもいいようだ。姉は最悪のパーティだったと愚痴を言い始めた。
 突如現れた白いドレスの女にすべての男が持っていかれ、その中にはあの社長もいたということ。さっきまで自分の元へ来ていた男たちも皆、その女に夢中で誰も相手をしなくなったこと。余った女たちで愚痴を言い合っていたら、自分よりも美人な友達が出来てしまったこと。自分と全く同じ赤いドレスを着た女が3人もいたこと。

1 2 3 4