小説

『不思議の国の案内人』千崎真矢(『不思議の国のアリス』)

「つまらないわお姉さま!」
 可愛い少⼥の甲⾼い声のお陰で本に没頭していた私は現実に引き戻される。私の妹、アリスの声だ。
「本を読んであげているじゃない」
「でもそれ字ばっかりよ。絵がなくて⾯⽩くないわ」
 私は結構気に⼊っているけれどまだ幼いアリスには難しかったかしら。この本は冒険ものだから好奇⼼旺盛の彼⼥なら喜んでくれると思ったのだけど、予想が外れてしまったわ。
 でも、少し⼼苦しいけれど、私には関係ない。お⺟様にはアリスの⾯倒を⾒るように頼まれていたけれど、私はこの本を読みたいの。「そう」と素っ気なく呟いて私はまた本の内容に集中しようとした。そんな私を⾒てアリスはむくれる。
「あっ、⾒てお姉さま! 服を着た兎が⾛ってる!」
 突然アリスがそんな声を出す。前から空想癖がある⼦だとは思っていたけど、急に何を⾔い出すのかしら。顔をあげたら服を着た兎じゃなくて、可愛い妹が⾛っている。この⼦の⾏動⼒には⽬を⾒張るものがあるといつも痛感していた。あぁ、追いかけなければ。もしアリスに何か有れば私がお⺟様に怒られてしまう。私も可愛い妹が⾛り回って転んで怪我をしてしまったら嫌だもの。そうは思うが、⾜は動かなかった。
(疲れるなぁ)
 活発な妹の相⼿をするのは体⼒的にも精神的にも疲れる。特に後者。純粋無垢な彼⼥が時折妬ましく、羨ましかった。
 アリスは可愛いわ。くりくりした⼤きな瞳も、綺麗なブロンドヘアーも、屈託のない笑顔も。可愛くて、幼くて、⾃慢の妹。でもその幼さが妬ましいの。
「私だって、もっと⼦供でいたい……」
 俯いてボソリと吐き捨てた。⼦供らしく振る舞うアリスを⾒ては妬むたびに、私は⾃⼰嫌悪に苛まれていた。
 私だって、もっと⾛り回りたい。周りの⽬を気にすることなく、⾃由に過ごしたい。空想に耽って時間を忘れたい。未来に待ち受けているであろう嫌なこと⾟いことを⼀切考えずに、今という⽇を謳歌したい。
 でもそれは不可能。明⽇で私は⼗六の誕⽣⽇を迎える。⼤⼈の仲間⼊りだ。周りの⽬は気にしなければいけないし、先のことを⾒据えなければいけない。少⼥としてではなく⼀⼈の
⼥性としての嗜みを。あぁ、なんて息苦しいんだろう。
「浮かない顔をしていますね。お嬢さん?」
 突然背後から声が聞こえてきた。反射的にそちらを向く。ピエロのような格好をした男の
⼈がいた。⽩塗りの顔がひどく不気味で叫び出しそうになってしまうのを必死で堪えていると「怖がらないで」と⼈の良さそうな笑みで⾔われて、不思議と⼼が落ち着いた。

1 2 3 4 5