小説

『駄作三昧』南口昌平(『戯作三昧』『あばばばば』『芋粥』芥川龍之介)

 漫画家の柳川虎之介は、喫茶「Rasho-mon」でコーヒーをすすっていた。テーブルの上にノートを開き、時折ペンを走らせる。漫画雑誌「月刊少年シャバク」で連載中の『トシとシュン』の締め切りが迫っていた。
『トシとシュン』は六コマ程度のショートギャグ漫画で、毎月五話ほど掲載される。それぞれのエピソードは独立しており、シリーズを通して共通している点は、トシとシュンという名のキャラクターが主要登場人物に置かれていることだけだった。それも名前と顔が同じというだけで、人物設定は毎回異なる。性格や職業はもちろんのこと、年齢も違えば、性別が入れ替わることもある。ある話では高校生だったトシとシュンが、ある話では宇宙飛行士になり、別の話ではプロ野球選手になったり、また別の話ではOLになったりする。内容は現実離れしていて突拍子がなく、オチが思いつかなかった場合は解決を待たないまま物語は唐突に終わってしまう。
 思いつきのアイデアを洗練しないまま漫画にできる点は、作者フレンドリーな作品だった。アイデアはすぐに浮かび、仮に浮かばなくても、ナンセンスなギャグを考えるのは非常に楽しい作業だった。しかし、作者にとって楽しく描きやすい漫画が、読者にとって面白く読みやすいものになるかどうかは別問題である。連載当初こそナンセンスな作風が一部に受け入れられたが、すぐに飽きられ、連載から二年が過ぎた現在では、読者からほとんど黙殺される作品となっていた。いつまでも描き続けたいと思っていたが、いずれすぐ連載が打ち切りになってしまうであろうことは、作者である柳川の目から見ても明らかだった。
 転ばぬ先の杖として新作を用意しておく必要があった。柳川がそのときノートに書き込んでいたのは、『トシとシュン』ではなく、まさかのときに備える新作についてのアイデアだった。

 柳川がノートを睨みつけていると、店のドアが開き、ボサボサの髪の毛を手で気にしながら若い女性が駆け込んできた。脇には人気漫画雑誌、「週刊少年ジャンク」の今週号が挟まれている。
「すみません、遅れました!」
 こけそうになりながら店の奥へ入り、すぐにエプロンをつけて戻って来た。雑にまとめられたポニーテールからはほつれ毛がぴょんぴょんと跳ねている。慌てていたのかエプロンの蝶々結びが背中で縦にねじれており、襟は胸の半ばほどまで下がっていた。
「だらしない! エプロンくらいちゃんと着な!」
 初老の女性店員が意地の悪いだみ声で怒鳴る。
「すみません!」
「なんで遅刻したんだい!」
「えっと、今日はジャンクの発売日で、学食で読んでたら思ったより時間が経ってて……」
「漫画読んで遅刻って、ふざけるんじゃないよ!」
「すみません!」

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