ドアがためらうように開き、チェーン越しに部屋の明りがもれる。
俺は、仕事の時の営業スマイルで
「夜分に申し訳ないです。隣に住む荒木です。実は、カバンを無くしてしまい、部屋の鍵も携帯も財布も無くて。申し訳ないのですが、1000円いや500円でいいので借してもらえませんか」
少し間があり、一旦ドアが閉まり、チェーンが外されて、ドアが開くと顔に真っ白な使い捨てのパックをつけたロングヘアの女性が立っている。
咄嗟に部屋を間違えたかと考える。何度か隣の部屋の住人とはすれ違っていて、
挨拶もしたけど男だったはずだ。でなければ、深夜に尋ねたりはしない。
「1000円でいいの?」その声は男だった。ちらりと視線をずらすとピンクのシルク生地のパジャマ姿だ。
パックをしているから、表情はわからないが、その声には敵意は感じられない。
「はい。とりあえず実家に帰って。明日、不動産屋に連絡して鍵を借りて」
「こんな時間だよ。電車も、もう無いし。タクシーで行ったら、いくらかかるの?」
「だと、たぶん5千円、いや深夜だから1万円はいくかな」
「そう。じゃあ、どうぞ」
「エッ?」
「仕方ないでしょ。お金借してあげたいけど、今無いし。隣なんだから」
「で、でも…」
「男同士、問題ないでしょ」
その言葉でほっとした。躊躇しながらも、言葉に甘えて部屋に入らせてもらう。
部屋の中は、同じ1LDKの間取りなのにまるで別世界だ。
インスタや雑誌で紹介されそうなやわらかいパステルピンクで統一されているが、淡いブルーのソファーに置かれた愛らしい動物のぬいぐるみや、大小形の違うクッショも部屋に置かれた雑貨も申し分なくオシャレだ。奥の寝室にしている部屋のベットまわりも、まるでお姫様のようなレースのカーテンで仕切られていて、その横に大きなウォールミラーが置いてある。そのミラーに映った自分の姿に一瞬ギョッとする。
身の置き場に困っていると「どうぞ、ソファーに座って」と言われる。
恐縮しながら、ソファーに腰掛けると電子レンジで温めたマグカップが差し出される。かすかな褐色の液体からは、心が安らぐ香が鼻をかすめる。
先ほどから、部屋全体にもなんとも言えないいい匂いがする。
「ほんとにすいません。こんな夜分に」