小説

『煙と消える』はやくもよいち(『子育て幽霊』)

ゴールデンウィーク最終日、夷子大学3年の辻本桜は吉野智司とシネコンへ行った。
ブランチの後に見たのは、智司が好むハッピーエンドなSF映画だ。
桜は彼の肘につかまりながら映画館を出た。
館内の冷房が効きすぎていたせいだ。
途中で智司のジャケットを借りて羽織ったが、まだ腕に鳥肌が立っている。
気を緩めるとくしゃみが出そうだった。
「明日は一限からだよな? うちで休んでいくか」
智司は返事を待たずに携帯電話を取り出した。
「母さん、今から友達を連れてっていいかな」
背を向けて立つ智司の声音はいつもと変わらないが、首筋は赤く染まっていた。
「誰って、辻本さん。このあいだ話した彼女だって」
素早く、ショーウィンドウに映る自分の姿をチェックする。
白地に花柄のワンピースは、清楚な雰囲気を演出していた。
桜は洋菓子店で買ったチーズケーキの紙袋を左手に提げた。
右手は智司の肘に絡める。
しっかりとつかまっていないと、体が空へと浮き上がりそうだった。
ふたりは住宅街へ続く、なだらかな坂道を登った。

桜は2杯目の紅茶に口をつける。
体はすっかり温まっていた。
智司の母親、直美がリビングのドアから顔をのぞかせた。
「桜さん、晩御飯を食べていくでしょ?」
「映画だけの予定だったので。夕食は家で食べると言って出てきました」
「残念。お食事はまた今度ね。出かけてくるから、ゆっくりしていって」
ドアが閉まる。
息を吐いてソファにもたれかかると、廊下から智司と母親の会話が漏れて来た。
「もっと早く連絡してくれないと。お片づけが大変だったじゃない」
彼が反論するのに聞き耳を立てながら、リビングを見渡す。
同じ色調の家具で統一されたモデルルームのような部屋だ。
片づけにそれほど手間が掛かるようには見えなかった。

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