小説

『未完』渡辺鷹志(『蜜柑』)

 私は国内最大級の広さを誇るコンサートホールに来ている。
 今日は、現在人気急上昇中のアイドルグループのコンサートの日だ。会場は大観衆で埋め尽くされている。
 グループの中心にいるのはもちろん彼女。
 彼女はグループのリーダーでもありセンターも務める。
 かわいらしいルックス、美しい声、洗練されたダンス……今最も注目を集めているアイドルだ。
 そして、彼女のトレードマークといえば橙色の髪。黒髪でも茶髪でもなく、奇抜な赤色や青色でもないこの髪が、彼女のかわいらしさと洗練された動きをより一層引き立てている。
「あの女の子がわずか数年でこんなスターになるなんて……」
 私は彼女を見た。歌やダンスが洗練されても、純粋な笑顔はあのときからずっと変わらない。
 私が彼女に初めて出会ったのは今から5年ほど前だっただろうか。

 地方への出張からの帰り道、私は駆け込むように特急列車に乗り込んだ。
 当時、私は入社一年目の新入社員。私はいわゆる一流大学を出て、そして、一流企業に就職した。小さい頃から常に勉強ができて成績もよかった私は、世間に対して少し冷めたところがあり、また妙な自信もあって、「俺はその辺の一般人と違う。サラリーマンの仕事なんて楽勝だ」と考えていた。
 しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。それまで他人に怒られることなどほとんどなかったが、会社に入ってからは毎日のように上司に怒られた。そればかりか、顧客に怒鳴られることもしばしばあった。
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ」
 と強がってはいたが、それまでの妙な自信はあっという間に砕け散っていた。
 この日も出張先で大事な顧客を怒らせてしまい、商談は失敗に終わった。会社に戻ったら上司にもいろいろ言われるだろう。
「全くやってやんねえよ」
 私は疲れもたまりイライラしていた。
 列車に乗り自分の座席を探す。座席を見つけたと思ったら……そこにはすでに人が座っていた。自分の切符を確認したが、そこは私の席で間違いない。
 座っているのは、女の子、中学生くらいだろうか。どこか田舎者といった感じのさえない格好をしている。茶髪、というより橙色といったほうが近い髪が印象的だ。女の子は寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
 相手も子どもだし、普通であればやさしく声をかけて座席の間違いを指摘してあげるのが正しいのだろう。しかし、そのときの私はイライラしていた。一刻も早く座って休みたかった。

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