小説

『未完』渡辺鷹志(『蜜柑』)

 私は仏頂面のままで女の子に声をかけた。女の子は目を覚まして、きょとんとした表情を浮かべてじっと私を見ている。私はそののほほんとした表情を見てさらにイライラし、女の子に切符を見せると、かなりきつめの口調で「そこは私の席だ」と言った。
 女の子はようやく意味がわかったのか、慌てて自分の切符を取り出して確認している。しかし、見方がよくわからないのか周りをキョロキョロしている。仕方がないので、私は女の子の切符を見て座席を教えてあげた。そこは私の隣の席だった。女の子はペコリと頭を下げて、そそくさと座席を移動する。
 ようやく座ることができた私は、疲れてはいたが眠くはなかったので、とりあえずそのままぼーっとしていた。
 隣の座席では、女の子が物珍しそうにあっちを見たりこっちを見たり、時には座席から立ち上がって周りをキョロキョロしていた。
 別にうるさかったわけではなかったが、まだイライラが続いていた私は女の子の動きが気になり、思わず舌打ちしてしまった。
 女の子はそれに気づいたのか、キョロキョロするのをやめてシュンとしてしまった。

 別に騒いでいたわけでもないのに舌打ちなどしてまずかったなあと私は反省した。といって、今さらそれを謝るタイミングでもなかった。その場にはなんとなく気まずい雰囲気が流れた。
 その雰囲気に耐えられなかった私は、気を紛らわそうと鞄から雑誌を取り出した。駅で買ったどこにでも売っている週刊誌だ。表紙には大きく「アイドル特集」と書いてある。
 くだらない内容だと思ったが、とりあえず雑誌を開いてみた。
「今大注目のアイドル」
「今後人気急上昇間違いなしのアイドル」
 私は内容には気にもとめず適当にページをめくっていった。
 すると、私は横から妙な視線を感じた。
 女の子……彼女がちらちら私のほうを見ているのだ。いや、正確には私が手にしている雑誌をいろいろな角度からのぞき込もうとしていた。
 びっくりしてチラッと彼女を見ると、彼女はあわてて目をそらして前を向いてしまった。
「何があったんだ?」私は気にはなかったが、再度雑誌に目を向けた。
 すると、すぐにまた彼女の視線を感じた。私が見ると彼女は目をそらした。そんなことが何度か繰り返された。同じことを繰り返す彼女の様子が何となくおかしかったので、私は思わずくすりと笑ってしまった。いつの間にかさっきまでのイライラもなくなっていた。
「読みたいのかい?」

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