「仕方ないでしょ。ありえない事が起こったんだから」
「そ、そうなんですよね。ほんと、ありえないっていうか」
言い訳がましくカバンを無くした経緯を一気に話した。
大学時代の仲間に合コンに誘われて参加したが、あまり酒が強くないくせについ調子に乗って飲みすぎた。途中から意識を無くし、友達に起こされた時はもう終電近くの時間だった。慌てて電車に乗り込み、気がついたら駅員に起こされた時には、もうカバンは手元には無かった。どの時点でカバンを手放したのか全く覚えていない。普段は、携帯や財布などは、ジャケットに入れているのだが、その日にかぎってカバンに入れていた。
本当にありえない事の連続で、今、こうして、隣の住人の家に上がりこんでいる。
「迷惑かけちゃって、ほんと、すいません」
顔に貼ってあった使い捨てパックをゆっくりとはがして「仕方ないわよ。事故にあったようなもんでしょ」
初めて至近距離で見る隣人のスッピンは、思わず美しいと見惚れる。
肌理の細かい白い肌、整えられた眉、大きく切れ長の目、小ぶりだか筋の通った
鼻にプリっとした潤いのある唇。生まれて初めて男に胸がキュンとなる。
そんな俺の様子にお構いなく、隣人は、携帯を出して「私の携帯、かけ放題だから、とりあえず、最寄りの警察に取得物の申請とカード会社とか連絡したら」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
思いつくかぎりのカード会社や最寄りの警察に連絡をする。
隣人は、その間、奥の寝室でヨガのホーズを取っている。時折、目が合う度に胸がドキュンと高鳴る。
連絡が終わり、そのままソファーで寝かせてもらっても、益々、気持ちが高揚して全く眠れない。
猛烈な尿意を感じて目覚めると、時間は午前10時を過ぎていた。
寝室で隣人は、細身のデニムパンツに大きめのボトムを着て、ロングヘヤーをきれいにまとめてパソコンに向き合っている。
目の前のテーブルにはトレーに置かれた和食の朝ごはんが用意されていた。
「おはようございます。すいません。すっかり寝てしまって」
隣人がゆっくりとこちらを見て「ずいぶんと深い眠りね。大きないびきをかいていたよ」と笑顔になった。
朝食を食べて、ねんごろにお礼を言い、部屋を出て、その足で実家に向かった。
実家は、電車で40分の所にある、2LDKの団地の部屋には、社会人になったばかりの妹と母が暮らしている。両親は、俺が、中学1年の時に離婚した。