小説

『私、綺麗?』南葉一(『口裂け女』)

 生まれ持って口が横に大きかった私は、物心着く頃には『口裂け女』というあだ名が馴染んでいた。
自分で言うのも何だが、目鼻立ちは割と整っているので、そこがまたみじめで、何度口さえ普通に生まれていればと思ったことか。笑うと余計に口が裂けたように見えたらしく、中学生の頃好きだった子に「あんまり笑わないほうがいいよ」と言われたことがトラウマで、笑いたくても笑えない人生だった。

 私にとって口は笑うことも許してくれない枷でしかなかったが、大学生の時に見つけた求人のおかげで、こんな口でも役に立つことはあるんだなと知った。

『口裂け女』大募集。口が大きい方大歓迎。やることはとても簡単で高時給。
1、マスクをつけ、子供に「私、綺麗?」と聞く
2、「綺麗」と答えられたら、マスクを外し「これでも?」と裂けた口を見せ子供を怖がらせる

 何かのいたずらかとも思ったし、ずっとコンプレックスを抱えてきた大きな口を全面に押し出している求人に良い気分はしなかったが、高時給というところに目がとまり、応募してみることにした。

 求人は嘘でもいたずらでもなく本物で、子供が口裂け女を怖がり、早く帰宅させることを目的とした得体の知れない慈善団体の仕事のようだった。
 実際に働き始めると、少し悲しいが私の口を見て怖がらない子供はほとんどいなかったし、このおかげで街の治安に少しでも貢献出来ているのかもしれないと思うと、少なからずやりがいを感じた。
確かに高時給ではあったので、私にとっては都合の良い仕事で、なんだかんだで続けてしまっている。

 「お母さ~ん」と泣き叫ぶ子が二人。走って逃げる子が五人。その場でお漏らしをしてしまう子が一人。今日も上々だ。報告書も終えたし、そろそろ帰ろうかなと思っていたときだった。
「先輩ちょっと相談してもいいですか……」
 私より三年遅く入社した後輩が、大きな口で細々と声をかけてきた。
「私のエリアになかなか綺麗って言ってくれない男の子がいて……」
「それなら良かったんじゃない? 怖がってくれてるってことじゃないの?」
「それが、マスクを外す前に綺麗って言ってくれないので、マスクを取ることもできなくて……」

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