小説

『私、綺麗?』南葉一(『口裂け女』)

「それにお姉さんいつも同じ服だよね。他の服着てみたりしないの?せっかく髪と肌が綺麗になったんだからもったいないよ」
 そう言うと何かを思い出したように、
「今日早く帰ってきてって言われてたんだった。またね」
 と、言いたいことだけ言って走って行ってしまった。
 爪の先まで見ているとはなかなか目ざといな。合わせて服まで指摘してくるとは。服なんて前から一緒なんだからもっと前もって指摘してくれればいいのに。会うのまだ三回目だけど。結婚したら言いたいことを溜め込んで、後からネチネチ言うタイプなのだろうか。それは嫌だなと思う。
 次は爪と服か。男の子の綺麗には思っていたより女子力が必要らしい。でもせっかくここまで頑張ってきたのだし、とことん綺麗になってやろうという気もした。

 まずはじめに爪を切りそろえてみたら、爪そのものが味気ない気もしたのでネイルもつけてみることにした。柄でもないが、もうすぐ春だしと思ってピンクのネイルである。我ながら少し恥ずかしい。
 服を選ぶのは思いのほか楽しかった。数年ぶりにファッション雑誌を手に取り自分に似合う服を考えたり、実際にお店で試着したりするのは有意義な時間だった。

 世間は卒業式の頃だろうか。ここに来るまでに桜が咲いていた。
 一番お気に入りの服を着て男の子を待つ時間はいつもより長く感じられた。どこか変なところはないかと身なりを気にしていると、男の子は既にこちらに気づいている様子で歩いてきていた。
 待つのが煩わしく、数歩歩み寄り聞いてみる。
「この服、どう?」
「春っぽくていいね。その服すごく似合ってると思う。それにピンクのネイルも可愛いよ」
「良かった。ありがとう」
単純に嬉しかった。時間をかけて選んで良かった。
「私、綺麗かな?」
「うん、すごく綺麗だと思うよ」
 ついに綺麗認定された。ついにここまできたのだ。長い闘いだった。
 しかし、綺麗と言われたので、マスクを外し口を見せる段取りなのだが、なんだか気持ちが前に進まない。口を見せたら、どんな反応をするのか、なんて言われてしまうのか気になってきてしまった。ここまで頑張ってきて綺麗になったのに、自分の醜い口を見せるのをためらってしまっていた。
 なかなか話を切り出せないでいると、
「お姉さんマスク取らないの?」
と、男の子の方から聞いてきた。
「どうして?」
「お姉さん綺麗なんだから、マスクとったほうがいいよ。見てみたい! できれば笑顔で」
「お姉さん。マスクとったら綺麗じゃなくなっちゃうかもよ」
「そんなことないよ。お姉さんすごく綺麗になったもん」
「私……、綺麗?」

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