小説

『私、綺麗?』南葉一(『口裂け女』)

 今回は本を読んでいなかったので、男の子は私に気付き声をかけてきた。
「あっ、この前のお姉さん」
「どう、君に言われて髪を綺麗にしてみたんだけど」
「うん。すごく綺麗になったと思うよ」
 と、笑顔で返してくれる。髪を褒められ悪い気はしない。これで私も綺麗認定だろうと思い訪ねてみることにした。
「私、綺麗?」
「うーん。確かに髪は綺麗になったけど、でもおでこにニキビができてるよ。肌も荒れてるし、顔色も悪いし、ちょっと疲れているんじゃない」
 そう言うと、「じゃぁね」と言って手をあげ、男の子は行ってしまった。またもや綺麗認定はお預けだ。髪だけでなく肌まで見てくるとは、かなり細かいタイプの男の子だな。結婚したら家事に細かく文句をつけてきて大変そうだ。
 でも確かに最近残業続きで、あまり寝れない日も多く疲れが溜まっていたかもしれない。それに忙しいからと食事をコンビニで適当に済ますことも増えたし、仕事第一でおでこにニキビができているなんて気付かなかった。

 それからというもの、極力残業を減らし睡眠時間を確保するよう努めた。食事も栄養バランスを考え自炊する習慣をつけ、ビタミンサプリも飲むようにした。化粧水や乳液も肌に合うものをデパートにまで探しにいき、今までのものより高いものを使うようにしてみた。顔からニキビが無くなった時は嬉しくて、何だか自分の肌が可愛く思えてきて、今では毎日フェイスパックをしている。

 二月も終りを迎えようとしている頃なので、少しずつ暖かい日も増えてきた気がする。いつもの街灯の下も最初に男の子を待った日よりいくらか暖かく感じられた。
 生活リズムが良くなったからだろうか、肌だけではなく身体の調子も良い気がする。なんか最近気分がいいなぁと上機嫌でいたら、男の子はやってきた。
「お姉さん。また会ったね」
「うん。久しぶり」
「なんかすごく顔色良くなったね。ニキビも消えて、肌がツヤツヤしてるよ。赤ちゃんの肌みたい」
 赤ちゃんの肌みたいとは嬉しいことを言ってくれる。確かに触るとモチモチしていて気持ちいいのだ。
「それに元気になったみたいで良かったよ」
 そう私を気遣うとニコッと笑って見せた。
「そしたらお姉さん綺麗だよね」
「うん、綺麗だよ」
 ついに綺麗認定だ。これでやっとマスクを外せると、マスクに手をかけたところで、
「あっ」
と、マスクを外そうとした手元を見て男の子が言う。
「お姉さん爪が欠けてる」
 見てみると、確かに小指の爪の先が欠けていた。

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