小説

『人間瓶詰』柿沼雅美(『瓶詰地獄』)

 私と兄の二人がこの家に生れ落ちてからもう何年になるのだろう。制服のままベッドであおむけになって思った。私は18年、兄の修一は30年になるのか。この家は年中春先のようで、クリスマスやお正月も普通に和やかな時間を作れてきていた。
 生まれた時に私たちが持っていたものは何もなくて、裸でただ泣いているだけで。けれど私たちは幸福だった。
この家の中には、人をダメにするソファ、浄水器付きの蛇口のキッチン、小さな畳の部屋、誰が描いたのか分からな絵画、薄いブルーの壁紙。子供だった私たちには余るほどの夕食が満ち満ちていた。
 私が中学に入学する頃、修一は社会人になり、真新しいセーラー服の私の隣にはまだしっくり来ていなかったスーツを着た修一がいた。
 この頃から、セーラー服を脱いでいる時は、修一からの服や小物で私が出来上がっていった。純白の靴下、ユニクロのキャミソールブラトップ、ボックスロゴの入ったTシャツ、ストレートのジーンズ、プリーツのスカート、靴はエナメルの紐靴、サンダルならインスタポンプフューリー。修一は毎月の給料の2万円分くらいを私の物に費やしていた。
高校生に上がると、クリーム色のスカーフだったセーラー服はブレザーのブラウスに変り、スカートも紺色のチェックになった。私自身の好みは特になく、ブレザーとスカートを脱ぐとやっぱり修一からの物で出来上がった。
 スタンスミスのスニーカー、たまにヒールの靴を履くようになって、夏はノースリーブのワンピースが増えた。靴下はシアー素材のもので、オフショルダーのトップスも着るようになった。バッグはリュックからちょっとしたブランドのショルダーに変わっていった。
 修一も新人から若手になり、毎月の給料の4万円分くらいを私の物に費やすようになった。実家暮らしのうちはいいんだ、と笑いながら毎週私にプレゼント用に包装された何かを渡していた。
 こんな一般的な家の中、いや、私たちの幸福の中に恐ろしい悪魔が忍び込んで来ようとどうして気づけたのだろう、でもそれはとっくにほんとうに忍び込んで来たに違いなかった。
 それはいつとも分からないけれど、月日の経つのにつれて修一の肉体が奇跡のように恰好良く、しなやかになっていくのが私の眼に見えて来ていた。ある時は、勇者のように雄々しく、またある時は悪魔のように誘惑じみて……私はそれを見ていると、なぜか分からないけれど心がドス暗く哀しくなっていった。
 あやか、と澄んだ瞳で私を呼ぶたびに、この胸が今までとはまるで違った気持ちでわくわくするのが分かってしまっていた。そして、その一度一度ごとに、私の心は腐りそうになって畏れ震えていた。
 けれど、そのうちに修一も、いつとなく様子が変わってきていた。やはり私と同じように子供の頃とはまるで違った‥‥‥いや子供の頃に憧れるような表情で私を見るようになった。それにつれてなんとなく、私の手に触ることさえ恥ずかしいような悲しいような気持ちになるらしく見えた。

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