小説

『人間瓶詰』柿沼雅美(『瓶詰地獄』)

 私たちはまったくケンカをしなくなっていた。その代わり、なんとなく憂いを帯びた顔で、時々どちらともなくため息交じりの息を吐くようになった。それは、二人がこの家に居るのが何とも言いようのないくらい、悩ましく、嬉しく、寂しくなってきたからだった。そればかりでなく。違いに顔を見合っているうちに、目の前がだんだん影がかかったように暗くなってくる。そうして神様の御示しか悪魔のからかいか分からないままに、ドキッと、胸がとどろくと一緒にハッと我に返るようなことが一日のうちに何度となくあるようになった。
 それから私は、私の心をはっきり分かっていながら、神様の罰を恐れて何かを言うでもなく、何かをするでもなく、修一とは似ても似つかない男たちと寝た。その中に修一以上の奇跡を見つけることができるような気がして、その中に修一以上の魅力があることを願った。
 ベッドから起きてクローゼットを開ける。ハンガーにかけられた服たちをかき分けて、ブラジャーやショーツの入ったケースの裏から大きな袋を引き上げる。袋の中で、カチッカチンとガラス同士がぶつかる音がした。
 袋の中には、3本のサイダーの瓶が入っている。一本一本を取り出して、フローリングの上に立たせて並べる。韓国の一人暮らしのインテリアに憧れて床置きをしているドーム状の照明がガラスを照らす。シャボン玉が陽にあたった時のようにうっすらとしたブルーや黄色交じりの光がガラスに張り付いた。
 瓶の口を掴んで、ガラス越しに中身を下から覗き込む。
 1本目は、根本竣だった。
 学校で授業中にメモを回して会話をしていたノートの切れ端が何枚も見える。確か紙の中でしりとりをしていた。すうがく→くり→りゅうがく→くち→ちきゅう→うみ→みせ→せんせい→いす→すき♡。くだらない、と思わずつぶやいてしまう。まだ中学生の子供の肩幅が思い出される。なんで竣だったんだっけ。あ、そうだ、優実ちゃんも恭子ちゃんもすごく好き好き言ってたから、私も好きって言うところからはじまったんだった。男子が私が好きって言ってるみたいなことを竣に言って、翌日竣のほうが告ってきたんだっけ。結局キスして、なんだか一緒にいるのが苦しくなってフェードアウトしたんだっけ。くだらな。でもかわいいもんだな。
 2本目は、坂田祐二だった。
 一緒に撮ったプリクラが見える。頬に当てたピースの指がやけに細い。祐二の目も加工が入って怖い。振ってみると、コンドームの個包装が破れた状態で入っていた。そうだ、初めてセックスをしたやつだ、と思い出す。ちゃんとできなくて、知ったかぶりして声を出してみたけどほんとはずっと痛かったやつ。ちゃんと好きだと思って付き合って楽しかったはずなのに今思うと楽しみの少しも思い出せない。思い出すのは、学校帰りにしょっちゅう寄ってた公園のブランコが鉄臭かったことと、商店街のサーティーワンのホッピングシャワーが毎回ちゃんと美味しかったことだった。あとは夏はよく買って飲んでたゼロカロリーコーラの甘味料の植物みたいな匂い。飲みながら話したこととか祐二の表情よりずっと、コーラの炭酸が舌の上から喉の側面をパチパチと叩いていたことのほうがはっきり思い出せる。
 3本目は佐藤光一郎だった。

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