『なんで?』真銅ひろし(『桃太郎』(岡山県))
月一回の会議。 男女平等の波はここまできたか、と感じる。 「今年の出し物である“桃太郎”は女の子でやるべきかなと思います。」 言い出したのは主任の美智子先生だ。 「でも、毎回桃太郎は人数の関係で女の子もやってますよ […]
『梅津忠兵衛の呪い』小柳優斗(『梅津忠兵衛の話』(出羽国平鹿郡横手町))
一 戸村義效が城代を務めるある横手城は高い丘の上に位置しており、家臣は皆、丘の麓にある小さな村に居住を構えている。その家臣の中に、梅津忠兵衛という名の若侍がいた。 月の明るい夜、夜番へ行こうと丘を登っていた。城への道 […]
『スサノウの夏』添谷泰一(『古事記の八俣の大蛇』(島根県))
「古事記、読んだことある人?」と、宮田先生が言った。「しーん」教室は水を打ったような静けさ。「あのな、君たちは島根県に住んでいるだろ。古事記の舞台は出雲を中心に山陰が多いんだぞ。八俣の大蛇は出雲。因幡の白兎は鳥取。大国 […]
『雨が降ればきっと』岩瀨朝香(『滝宮の念仏踊り』(香川県))
数字より記号が多くなった数Bの授業はまるで暗号で、呪文のような国王の名前は、田んぼと畑に囲まれたこの町で生きるのに一体何の役に立つんだろうって、毎日思う。だって、そんなことを知っていたって、誰一人この町に雨一滴降らすこ […]
『ゴースト・シークレット』月照円陽(『葬られたる秘密』(京都))
岡山県に、穂村賢一(ほむらけんいち)という金持ちの経営者が住んでいた。賢一には美園(みその)という一人娘がいた。美園は、とても賢く、美人だった。賢一は、美園を芸事の修業のため、京都に送り出した。芸事の教育を受けたあと、 […]
『みちびき地蔵』小柳優斗(「みちびき地蔵」(『みちのくの民話 日本の民話 別1』収録)』(宮城県気仙沼大島))
一 母に手を引かれ歩いた、あの日の夕日を、今もずっと覚えている。 幼い頃だった。私と母は、寝ている父をそのままに、隣村まで出かけて行った。 この辺りの村はどこも人手がなく、何かしらの用事がある時には、互いに行き来し […]
『ももも』柿沼雅美(『桃太郎』)
「もも。ももってば!」 講義後、カーテンの内側で窓の手すりにひじをついて外を見ていると雉岡美和が入ってきた。 「んー?」 冷たい風が吹いて痒く感じた鼻先を掻く。 「んーって、どうしたの最近ぼんやりしすぎじゃない?ってか腕 […]
『闇の向こうまで』竹野まよ(『耳なし芳一』(山口県下関市))
寺の境内で眠り込んでいたうたは和尚に起こされ目を覚ました。事情を尋ねる和尚に、うたは要領の得ない答えを繰り返した。 「私、草むらでぬばたまを集めていたの。日が暮れてきたら、急に真っ暗になって、手元も見えなくなった。手の中 […]
『くだんの女』文化振興社(『南方熊楠全集第3巻』(紀州))
――償いをしてもらおうか 教室のロッカーに隠れながら私、東嶋由井は、三日前に届いた手紙の内容を思い出す。 通気口を通してみる、差出人の女は肩で息をしながら、手に持った鉈を月明かりに染め、私の居るロッカーににじり寄る。 […]
『続・雪女』小泉八雲(『雪女』)
「とうとう言うてしもうたねい。命をもらう約束だが子どものことを考えて命だけは助けてやるべ。子どもの事を頼んだぞ、私はもうここにはいられない…。」雪女は外へ出て吹雪の中に姿を消そうとしていた。が、みの吉は「おいおい親父を […]
『愛の天秤』尾西美菜子(『鶴の恩返し』)
私はいったい、あと何日生きられるのだろう。桶に汲んだ水に映る己の顔を見ながら、何度目かわからないことを考える。吐く息は白く、そして暖かく、少しでも暖を取ろうと薄ら白い顔を両手で覆う。はぁーと息を吹きかけると、荒れ放題の手 […]
『いつまで経っても』木谷新(『はなたれ小僧様』(熊本県))
実家のリビングに入ると、母が私の顔を見て、言う。 「誰や?」 母の隣りに座る兄が苦笑して、母の耳元に口を近づけて言う。 「カズオや」 「カズオか」と母は言って、無邪気に笑う。「随分変わったな。道で会っても誰かわからん […]
『橋のエピソード』川瀬えいみ(『雑炊橋』(長野県))
五月の連休には、安曇野の別荘に行く。それが小林家の恒例行事だった。 長男の健が六歳、長女の康子が三歳になった年に始まった、年に一度だけの家族旅行。 南関東の地方都市で市立病院に次ぐ病床数を有する一般病院の院長職を継 […]
『夫婦善哉』西村憲一(『夫婦善哉』(大阪府))
法善寺境内の店『夫婦善哉』で、二つの小さなお椀に入った好物のぜんざいを無心に食べていた父が、突然、母のほうを振り返った。父の鼻先にはぜんざいの粒あんがかすかについていた。 「なあ、俺と結婚してくれへんかな」―― 私の […]
『冬の湖』千田義行(『三湖伝説(八郎太郎と辰子姫)』(秋田県大潟市、仙北市他)
お婆さんは囲炉裏の炎をほっぺたにちらちら宿しながら、「”語り部”だなんて、やめでけれでゃ」とかわいく手を振った。あさみは子供のように膝を抱えて、話しが始まるのを待った。 外はいったん小康状態だった雪がまた降り始めてい […]
『鬼婆』前田涼也(『鬼婆伝説』(福島県二本松市))
警察署を出て車を走らせると、伊藤は左折して大通りに出た。自宅に向かっている運転席で、さっきまで取り調べをしていた女のことを考えていた。山と城しかないこの田舎で警察官として勤めて十二年、殺人を自首しに来た人間は初めてだっ […]
『京都エキストラシネマ』白紙(『更級日記』(京都))
夕飯を食べながらテレビを観ていると、母が時折「あ、この人知ってる」と言いだす。芸能人を遠縁の親戚みたいに話す癖があるのだ。私が幼いとき、京都の撮影所の近くに住んでいたらしい。母のパート先のお弁当屋さんがロケ弁を届けてい […]
『僕らはみんな』笹木結城(カチカチ山)』
火の用心を呼びかける人たちは、総じてカチカチと音を立てて回っている。昔からの習慣で、拍手木を耳にすれば年末を実感するものだ。火が人の命を奪うなんて全人類が知っている常識で、火と共存しなければならないのもまた事実で。僕らの […]
『一寸で生まれた男と、桃から生まれた男が相対したとして』瑠春(『桃太郎、一寸法師』(岡山))
「一寸法師と申すものだが、このあたりに桃太郎が住んでいると聞いたのだが」 それなりに長い旅だった。 山城(旧京都)から此処、備中(旧岡山)までの道のりを思い出し、流れてもいない汗を拭う。目的の人物が見つかればいい。だ […]
『時と夢の旅人』田村瀬津子(『浦島太郎』)
東京から新幹線で故郷の街に向かい、駅を後にし、姉の夫である晃さんが入院している病院へとバスで向かっていた。 病院に着いたことをショートメールで姉に伝える。少しするとロビーの端にあるエレベーターの扉が開き、姉が降りて来 […]
『アカマツの下で』茶飲み蛙(『つらしくらし』(岡山県))
5年ぶりの実家への帰路。昔と変わらず一番に出迎えてくれたのはアカマツだ。 去年の豪雨のせいだろうか、折れた枝の跡に木肌が晒されて痛々しい。 それでも、残された枝から生える葉の一本一本が鋭く、凛としている。 アカマツは苦難 […]
『美知しるべ』アズミハヤセ(『かさじぞう』)
「こんな海があるんですね。湖か川を見ているみたいだなあ」 園長室の開け放たれた窓から見下ろす海は、どこまでも静かに輝いている。青い海に浮かぶ小さな緑の島々が、輪郭を得て、目を打つ程にくっきりと見えていた。 「僕は山育ち […]
『城のある町の怪談』森本航(『豆腐売りの人柱伝説』(香川県丸亀市))
「そういえば、最近、お城に出るらしいよ」 声を落として話し出したのはクラスメイトの仁美だ。何か深刻な秘密を話そうとするかのような仁美の表情に、私と愛衣は顔を見合わせ、ぷっと噴き出した。仁美の方に顔を戻し、愛衣が口を開く […]
『和三盆を食べる』伏見雪生(『駆込み訴え』)
骨壺の骨を母がぐじゅぐじゅとしゃぶってしまうので、中身を和三盆に入れ替えた。母の意識が定かではなくなってから、すなわち父が急死してから既に半年が経っている。父はまだ五十歳になったばかり、死因は心筋梗塞だった。いつものよ […]
『ははきぎ』サクラギコウ(『帚木』(長野県阿智村園原))
あれほど恋焦がれた都会での生活にたった4年で挫折しようとしている。 無事に大学卒業の単位も取れ、就職活動も上手くいき外食企業の内定ももらった。彼女もでき、これからだという時のコロナ禍だった。 内定は取り消され、バイ […]
『ひらいてひらく』小山ラム子(『鶴の恩返し』)
水面に光が反射している。 きれいだ、と新太は思う。 「お! あった!」 案外早くに見つかった鍵を右手に握り、新太は美羽へと近づいた。 しかし、汚れ一つない白いワンピースを見て、あわてて差し出した右手を引っ込める。 […]
『しあわせなお地蔵様』川瀬えいみ(『笠地蔵(日本各地)』)
小さな村の外れの路傍に、石のお地蔵さんたちは並んで立っていました。 五体の大人のお地蔵さんと、一体だけ小さな子供のお地蔵さん。小さなお地蔵さんは、皆に『小さ子』と呼ばれていました。 村は、冬は深い雪に閉ざされてしま […]
『ニートと私と灯油のタンク』篠原ふりこ(『女殺油地獄』)
「か、か、か、金を出せぇ!! さ、さもないと、刺すぞ! 俺、本気、だからな!」 小さなナイフを両手で構え、盛大にどもりながら私の住む狭いアパートの玄関で騒ぐ男が一人。 仕事を終え、疲れた体を引きずってシャワーを浴びた […]
『焦がす』伍花望(『八百屋お七』(東京)『地獄変(京都)』)
澱んだ空気をエアコンのぬるい風が撹拌している。 ベッドの上、素っ裸で膝立ちのまま、俺は天井に向かって思いきり手を伸ばしていた。 薄れていく意識の中、ひんやりとした鱗の感触がやけに生々しい。頭をもたげた蛇が艶めかしく […]
『当たりの箱はどの箱か』五条紀夫(『舌切り雀』)
閉ざされた部屋の中、目の前には二つの箱が置かれている。 一方には現金が、一方には毒が、入っている。 「馬場君、仕事を引き受けてくれるね?」 「あなたが嘘をついていないのなら、やらせて貰いますよ」 始まりはそんなやり […]