小説

『スサノウの夏』添谷泰一(『古事記の八俣の大蛇』(島根県))

 「古事記、読んだことある人?」と、宮田先生が言った。「しーん」教室は水を打ったような静けさ。「あのな、君たちは島根県に住んでいるだろ。古事記の舞台は出雲を中心に山陰が多いんだぞ。八俣の大蛇は出雲。因幡の白兎は鳥取。大国主は出雲大社に祭られている。おい、須佐! 能人(のりと)寝るな!」。よだれを垂らした須佐能人が寝ぼけ眼で起きる。続ける宮田先生「古事記は上、中、下巻あって天地創成から天皇に至るまで描いている。イザナミ、イザナギが国を作り、その子供が、アマテラス、ツクヨミ、スサノウだ。な、聞いたことあるだろ。わが郷土のバスケットボールチーム『島根スサノウマジック』のスサノウは古事記からの引用だ。スサノウは海の神で荒神なんだが、手に負えない暴れん坊で、追放された場所が出雲だった」宮田先生のテンションが上がって行く。「斐伊川のほとりに降り立ったスサノウは川から箸が流れてくるの見つけた。っていうことは、上流には誰か住んでいるってことだよな。で、行ってみることにした。そこには家があり、老爺と老婆、そして若く美しい娘がいた。しかし、三人は涙を流し泣いている。おお、どうしたのだ? 老爺が答える「私どもには、もともと八人の娘がいたのですが、八俣の大蛇が毎年一人ずつ食らっていきます。とうとう、この娘、クシナダヒメ一人になりました。今年も八俣の大蛇が現れる時が来ました」。「先生、それ前に聞きました」と、佐々木雪乃が言った。「いや、ここ、島根県人として、絶対知っておかなければならないアイテムだから何回でも話すぞ。スサノウはクシナダヒメを妻に欲しいと言ったんだ。老爺と老婆は承諾した。スサノウはクシナダヒメを櫛の姿に変えて自分の髪にさしました」。大きな眼鏡をしたおかっぱ頭の香帆が言った。「先生、前にも思ったんですけど、スサノウに、そんな形を変える能力があるのなら、八俣の大蛇を、蠅か蚊に変えて、ばちんって叩けばすむことじゃないですか」。「あのな、敵の姿は変えることができないんだ」「何でですか?」「そういう決まりなんだ。だから戦うんだ。そして、スサノウは、」「無視かよ」と、香帆。

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