小説

『梅津忠兵衛の呪い』小柳優斗(『梅津忠兵衛の話』(出羽国平鹿郡横手町))


 戸村義效が城代を務めるある横手城は高い丘の上に位置しており、家臣は皆、丘の麓にある小さな村に居住を構えている。その家臣の中に、梅津忠兵衛という名の若侍がいた。
 月の明るい夜、夜番へ行こうと丘を登っていた。城への道は複雑に曲がりくねっている。その最後の曲がり角の先に、女がひとりで立っているのを見とめた。両手で赤ん坊を大切そうに抱え、俯いている。顔色が、月光の光を浴びているにしても不自然なほど青白い。城に行くときにしか使わぬ寂しい道に、こんな夜更けに女一人――忠兵衛は、すぐにこれはあやかしだと直感した。
 忠兵衛は無言を貫こうと、女を傍目にぐんぐん歩いていった。
 ところが女に名を呼ばれ、その足はピタリと止まってしまう。
 女は哀願した。暫くでいいから、この赤子を抱いていてはくれないだろうか、と。忠兵衛は根が親切にできている上、女があまり切迫悲痛なので、求めに応じた。
 戻るまで、子を抱き続けていてくれ――女はそう言って、丘を駆け下りていった。
 赤子はとても小さく、寝息も微かで、とても儚いものに思えた。目鼻がぼんやりして、まるで生まれる前――母体で安らかに眠っている時のような、凹凸のない艷やかな顔だった。
 もうすぐ交代の時間なのだが――と忠兵衛が些かの焦燥を感じ始めた、その時である。
 抱いている子どもが、急に重くなった。
 忠兵衛は驚いて、赤子を見た。姿形はそのまま、ただただ重くなっている。しまいには石地蔵くらいまで重くなって、とても抱え続けられたものではない。
 妖怪の企みであったと歯噛みしたが、ここで恐れて投げ出しては、どんな仕返しを受けるか分からない。何より、あやかしとはいえ子どもの姿をしたものを地に投げ出すなど、とんでもないと、体中の筋がはち切れそうになるのを耐えながら、念仏を唱えた。
 三度目の南無阿弥陀仏で、腕がふっと軽くなった。今度は一切の重みがなくなったように感じ、目を落とすと赤子の姿がなかった。どうしたことだと驚愕していると、さっきと同じ、風のような速さで女が帰ってきた。
 女は、自分はこの地の氏神であると打ち明けた。氏子が難産であり、氏神の力を持ってしても救えない状態であった。そこで、出産の重みを忠兵衛に分け持ってもらったのだと。赤子の重みはそのまま、出産の困難であった。母体が死にかけていたところへ、忠兵衛が唱えた三度の南無阿弥陀仏が御仏の加護を呼び、ついに産門が開いた。
 氏神は忠兵衛の勇気を讃え、侍が最も必要とする剛力を授けようと約束した。その力は、忠兵衛の血脈に代々受け継がれるであろう、と。その時より、忠兵衛は剛力を授かった。忠兵衛とその子孫は、生まれ持った勇気と優しさ、そして氏神印の剛力とを以て城に仕え、代々、栄えることとなった。

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