小説

『梅津忠兵衛の呪い』小柳優斗(『梅津忠兵衛の話』(出羽国平鹿郡横手町))

 氏神様は初めて寂しそうな顔をして僕を見た。つんと心を刺す後ろめたさを無視して、僕は言った。
「友だちと遊んでいても、絞め殺さないようにいつも気を張らないといけない。可愛がり方がわからないから、ペットも飼えない。車に乗るより走る方が速いけど、高速には乗れないから遠出できない。当然、彼女なんてできた試しがない」
「そこまで――そこまで力を発露しているのですか、忠兵衛度の血縁は」
 僕は首を横に振った。そうだ。これが――梅津家に伝わる呪いが、平等公平に全員に降りかかるなら我慢もできる。何が辛いって、僕の父も祖父も、僕より極端な剛力ではなかった。僕一人だけが、これほど恐ろしい怪力の持ち主なのだ。
 そのことを言うとう氏神様は頷いて、縁の坩堝ですね――と妙なことを言った。詳しく聞くと、どうやら氏神が与えた力には適正があり、個人で発現の度合いが違うようなのだという。そして何世代かに一人、その力ととんでもなく縁が深い器が誕生する。それが僕なのだと。
 僕はイライラと頭を掻き毟りながら言った。
「この力のせいで、僕の家系は体力仕事しかできませんでした。土木工事、自衛隊、プロレスラー、ボディビルダー……僕の祖父も父も、それぞれの分野で頭角を現し、トップに上り詰めた」
「素晴らしいことではないですか。しかし、それは私の力ではありません。与えられたものを専念に磨いた父殿や祖父殿こそ、真の誉れです」
「とんでもない。僕は、IT関係の職に就きたいのです。それなのに、僕の指先はキーボードどころか、机まで貫いてしまうのです」
 もう泣きたい気分だった。氏神様は憂いに顔を浸している。漸く、僕の言いたいことが伝わったのだろう。僕は身を乗り出して言った。
「氏神様、どうかお願いです。この呪いを解いてください。この強すぎる力を、僕から消してください」
 氏神様は顔を上げた。そうして、僕を真っ直ぐに見た。
「それは――できません」
 えっ……と間抜けな呟きを返す僕。氏神様大きく息を吸って、はっきりと言った。
「貴方は、忠兵衛殿以降の数世代の縁が凝り固まって生まれた、真の剛力――数千年に一度いるかいないかの大器です。その器を失うわけにはいきません」
 愕然――そんな言葉ではとても形容できないほどの衝撃に打ちのめされ、僕は口を閉じることさえできなかった。だらりと開いた口からは、声にならない音が漏れ出ていた。氏神様の言葉が頭の中で何度も反芻され、それ自体がまるで呪詛のように僕を追い込んでくのだった。
 功夫殿、とこの時初めて名前を呼ばれた。冷ややかで、厳しい声だった。
「貴方は、氏神であるこの私から授かった力を、なんと心得ますか」
「――え」

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