小説

『雨が降ればきっと』岩瀨朝香(『滝宮の念仏踊り』(香川県))

 数字より記号が多くなった数Bの授業はまるで暗号で、呪文のような国王の名前は、田んぼと畑に囲まれたこの町で生きるのに一体何の役に立つんだろうって、毎日思う。だって、そんなことを知っていたって、誰一人この町に雨一滴降らすことはできないんだから。
「明日からの第三次取水制限で、琴平町では、朝の八時から十二時までが断水になります……。午前中は、給水タンクの水を使用することになるので、前日の放課後、クラスごとに十リットルタンク二本に水を溜めて帰ることになります……」
 産休に入った原西先生の代わりに、急遽二年四組の担任となった新任の池田先生は、みんなの顔色を伺うように連絡事項を伝える。今年の夏は、高松砂漠を超えると言われるほどの渇水で、明日からついに時間断水が始まることになったのは、朝のニュースでもやっていたし、先生が悪いわけじゃない。でも先生はそれを自分のせいみたいに、申し訳なさそうに告げる。
「誰がやんの、水当番。結菜、重いものとか持てないんやけど」
「たいぎいなぁ。先生がやればいいやん!」
 吉田君のヤジに先生が困ったような顔をする。昔断水を経験している大人に比べて、いまいち危機感のない私たちは、日々強いられる不便に、ただただ不満を募らせて、やり場のない怒りを持て余している。騒ぎ立てるクラスを前に、先生の右手が前髪へとのびて、指に絡めてねじり始めた。女子高生みたいなその仕草は、無意識なんだろうけど、現役女子高生の間では、すこぶる評判が悪い。でも、私は知ってるんだ。先生のその仕草は、SOSだってこと。
「えっと……放課後の給水担当は、これからみなさんで決めて貰おうと思っています……」
「なんよん! ほんまに!?」
 再び騒がしくなったクラス内を、先生の視線が彷徨って、私の姿を見止めると少しホッとしたような表情をする。あぁ、まただ。地獄のバトンが渡される。
「じゃぁ、学級委員の山中さん、元木くん、議長をお願いしてもいいですか?」
 自主性を重んじるとか、生徒の意思を尊重して、とかそういう体のいい言葉で行われる職務放棄。隣の席の裕太の舌打ちが聞こえる。幼稚園からの付き合いの裕太とは、高二になっても一緒に学級委員長をする腐れ縁だ。先生の不安そうに揺れる視線に、怒りよりも同情が勝って、仕方なく席を立つ。裕太も渋々ながら後に続くのが分かった。
「ほんなら、給水当番やりたい人?」
 裕太が気のない声で尋ねれば、吉田君が「おるわけないやろ」と笑いながら答えた。
「ほんじゃぁ、全員で当番制ってことでええ?」
「それ結菜たちもやるってこと!? 男子たちだけでよくない?」
「はっ? なんで男だけなん!?」
「重いもの持つとか、男子の仕事やん」
「そういうの、男女差別言うんやろ!」
 結菜と吉田君の争いは、またたく間に女子VS男子の構図となって、クラス全体を二分する。人気者の二人の影響力はすごいのだ。

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