「そういえば、最近、お城に出るらしいよ」
声を落として話し出したのはクラスメイトの仁美だ。何か深刻な秘密を話そうとするかのような仁美の表情に、私と愛衣は顔を見合わせ、ぷっと噴き出した。仁美の方に顔を戻し、愛衣が口を開く。
「出るって、ゆうれい?」
「そう、幽霊」
仁美も既に相好を崩してはいるが、声は落としたまま続ける。
「夜、お城の下の歩っきょったら、『とーふ、とーふ』って女の人の声が聞こえるらしいんよ」
「またベタな」と笑いながら、愛衣は視線を窓の外に向ける。
私と仁美も、愛衣の視線を追う。私たちの高校から、道一本を挟んだ向こうにたたずむ城。
丸亀城。
大きさも様々な岩が綺麗に収まり、湾曲した石垣。それを数段重ねた上にちょこんと小さな天守閣が乗っている。ホールケーキを三段か四段に重ねて、一番上の段の隅にイチゴをのせれば、丸亀城の再現となる。
讃岐の国に建てられたこの城にまつわる逸話は多く、そうした話は幼少時代から誰かに教えられ、誰もが知っているものとなっている。仁美が話したのも、そのうちの一つである。いわく――
丸亀城建城の折、石垣の工事がうまく進まなかったため、人柱を城の下に埋めることとなった。ある雨の日たまたま城の近くを通りかかった豆腐売りが捕らえられ、人柱として埋められた。城は完成したが、雨の日になると、どこからか「豆腐、豆腐」という豆腐売りの声が聞こえてくるそうな――
「というか豆腐売りって男ちゃうん? 女の人の声っておかしくない?」と愛衣が言う。
仁美も「そうやな」と首を捻るが、
「あ、井戸に女の人が落とされて死んだみたいな話もなかったっけ? 混ざったんちゃう?」
丸亀城には日本一深いと言われる井戸があり、これも様々な逸話の舞台となっているのだが、ここまでくるとくだらない冗談の言い合いだ。私は笑って、
「幽霊が混ざるって何よ」
「そういうゲームありそうやん、なぁ愛衣」
「知らん知らん」
三人で笑っていると、教室に早川未希が入ってきた。「おはよう」と声をかけあったところで、急に仁美が「あっ」と手を上げた。
「未希ちゃんは、幽霊とか信じる派?」
突然の質問に未希は一瞬、虚を突かれたような表情になったが、すぐにやわらかい微笑に戻り、
「あんまり。おってもええなとは思うけど」と応えた。