小説

『城のある町の怪談』森本航(『豆腐売りの人柱伝説』(香川県丸亀市))

 仁美が「はーなるほど」となんだかわからない相槌をうち、自分の席に向かう未希の背中を見送った。クラスメイトと挨拶を交わしている。よく通る声だな、と思う。
「おってもええんやって」仁美が、私と愛衣の方に向き直って口を開いた。
「いやまぁ、おってもええやろ」と愛衣が返すと、仁美はなぜか得意げに人差し指を立て、
「未希ちゃんみたいな子がおってもええって言いよんやけん、さっきの話もほんまかもしれんやん」
「豆腐の幽霊の話?」私が聞くと、仁美は「そう」と返す。それを見て愛衣が「いやいや」と首を振った。
「仁美のわけわからん話に合わせてくれただけやろ」
「それはそうかも」と返すのは当の仁美だ。「高三にもなってしょうもない話しよるなとか思われたかな」
「そんなん思う人ちゃう」愛衣が返す。私は二人のやり取りをぼんやり聞いていた。
「そうよなぁ。性格もええし、美人やし、スポーツもできるし、この前のテストも学年一位やったらしいし、どうやったらあんなふうになれるんやろ」
「これまでのテスト、全部一位やったって噂も聞くし。塾も行っきょらんらしいのに、どんな勉強しよんやろ」
「学校でもそんなに勉強しよる感じちゃうのに」
 そこで私が何気なく「そうやなぁ」と相槌を入れると、仁美は私の方を見る。
「由香里も勉強も運動もわりとできるけんなぁ。ウチはなんちゃ敵わんわ」
「いやいや、私も全然よ」少し胸にざらりとした感触が走る。
「住む世界が違うって、ああいうことを言うんやろな」愛衣の言葉に曖昧に頷きながら、自分の顔がちゃんと笑顔になっているか、少し不安になる。

 仁美と愛衣の言葉は、彼女を知る多くの人が彼女に対して抱く印象だろう。品行方正、才色兼備。といって人を寄せ付けない雰囲気もない。その能力を鼻にかける態度ももちろんなく、それを却って厭味ったらしいと感じさせる隙もない。彼女をよく思わない者がいても、難癖とも言えない文句を並べようとすればするほど、自身の矮小さに気付かされるのがオチだ。
 そんな風にして、彼女を羨望する者も、面白くないと感じる者も、結局同じ文言を並べることになる。
 早川未希は住む世界が違う。
 そうやって彼女の輝きを自分から遠ざけてしまえば、無闇に心を乱されずに済む。
 でも、本当にそれでいいのだろうか。

1 2 3 4 5