実家のリビングに入ると、母が私の顔を見て、言う。
「誰や?」
母の隣りに座る兄が苦笑して、母の耳元に口を近づけて言う。
「カズオや」
「カズオか」と母は言って、無邪気に笑う。「随分変わったな。道で会っても誰かわからん」
私はさみしく笑って、炬燵に入る。何て言えばいいのか。三年ほど前から、会うたびに同じやりとりをしている。
同居している兄のことはわかっているが、滅多に会わない息子の顔は今ではもうわからない。八十六歳にもなれば仕方ないのだろうけれど、はじめは戸惑った。訊ねた母も、訊かれた私もきょとんとして、お互い見つめ合っていた。時が止まったように。それから事態を飲み込んだ私は、小さく笑った。あるいは笑ったのではなく、口元が引きつっていただけかもしれない。
「おふくろは変わったって言うけど、いつのころと比べてるんやろ」と私は兄と酒を飲みながらぽつりと言った。
「そら子どものころちゃうか。親からしたら子どもはいつまで経っても子どもなんやろ。たまに古い写真をなつかしそうに見て言うてるわ。『カズオは、洟たれやったなあ。洟たらして、よう笑ってた』って」
私は五十四歳。その頃と比べれば随分変わっている。髪や髭や鼻毛や陰毛に白いものが混じっているし、歯の隙間に食べ物は挟まりやすくなったし、腰は痛いし、夜に何度か目は覚めるし、鞄を肩にかけていたらずり落ちてくるし、下っ腹など、とまあ肉体的なこともそうだけれど、実生活では小さいながらも工務店の社長で、妻と二人の子どもがいる。今さら鼻水を垂らして母に会いに来るわけにはいかない。でも、もしそうして会えば、私を見てすぐに名前を言ってくれるだろうか。近ごろは私の名前を言われても思い出すまで長い間ができたり、本当に忘れているときがあるから。
私はグラスのビールを飲み干して、兄に封筒を渡す。
「これでしばらくは足しになるやろ。もう少し渡したいけど、不景気でな」
「おおきに、いつもすまんな」と兄は言って、引き出しに封筒をしまう。
六つ上の兄は、勤め先の業績が悪化して、定年前に解雇された。母と兄は、少ない年金と私の仕送りで、細々と一緒に暮らしている。