小説

『いつまで経っても』木谷新(『はなたれ小僧様』(熊本県))

「なんちゅう、けったいな子や。なあ、坊や。おかあさんもな、君がきらいで手放したんやないと思う。いろんな事情があるんや、きっと。何かは知らんけど。おれも一緒にいって話したる。協力できることはする。ほら、一緒に行こ。聞いてるか。ええ加減、鼻水拭かんかいな」
 どれだけ言っても男の子はじっとして動かない。困り果てた私は、女が言っていたことを思い出し、海老を買いに行き、クックパッドのおかげでどうにか海老なますをこしらえた。これを食べさせて、早く出て行ってもらおう。
 海老なますを箸でつまんで口元に運ぶと、男の子はぱくりと食べた。「うまいか」と訊いたが、男の子は表情一つ変えず、黙ってむしゃむしゃと食べた。こんなふうに誰かのために料理を作るなんていつ以来やろ、とふと思った。働いているのは妻も同じだというのに、家事は妻任せだった。もし妻が戻ってきたら、代わりに料理を作ってやろう。あるいは二人で一緒に料理を作れるような広いキッチンに改装してもいい。妻が欲しがっていた家電やキッチン用品も買いそろえてやろう。老後のためにバリアフリー化もしたい。一つ問題があるとすれば、今は金がないということだ。私は男の子に海老なますを食べさせながら、そんなことをぶつぶつ呟いていた。
「なあ、坊や。これでなんでも言うこと聞いてくれるなら、俺の願い叶えてくれへんか。って、ははっ、こんな小さい子になにを言うてるんや。アホか俺は」
 そうして空になった皿をキッチンに持って行こうとしたときである。男の子が片方の鼻の穴から垂れている長い鼻水をずずっと啜ると、家の内装が、さきほど自分の願ったものに様変わりしたのである。

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