小説

『いつまで経っても』木谷新(『はなたれ小僧様』(熊本県))

 そうして散歩していると、川には多様な種類の鳥がやって来るのに気づいた。私は図書館の図鑑で、鳥の種類を調べた。ハクセキレイ、アオサギ、ヒヨドリ、ツグミ、ムクドリ、モズ、カルガモ、カワウ、カワセミ、イカル、ケリ、カワラヒワ、 コサギ、スズメ、オナガガモ、ダイサギ、 ハシボソガラス、マガモ、イソシギなど、聞いたことのない鳥もたくさんいた。それまで気にもしていなかった川が、多様な鳥たちの憩いの場になっているという事実に、ひどく心惹かれた。埃をかぶった古いカメラまで持ち出して、鳥たちの写真を撮った。そうしてファインダーを覗いていると、川原に落ちているごみが目についた。ペットボトル、空缶、煙草の吸い殻、エロ雑誌、弁当箱、針金、釣り糸などの他に、下着やコンドームまで散乱していた。私は怒りというより、不安になった。このまま川が汚れていけば、鳥たちがやってこなくなるのではないかと。
 ある日、いつものようにごみを拾って帰ろうとすると、若い女と小さな男の子が川辺に立っていた。母と子が散歩するには随分早い時間でもあり、不審に思った私は二人に近づいて声をかけた。身投げでもするんじゃないかと思ったのだ。
 女は私をじっと見て、「この子を預かってくれませんか」と言った。いきなりそんなことを言われても困る。だいたい見ず知らずの人間に子どもを預けるなんてどうかしている。よほど切迫した事情があったとしても、そんなことに関わり合いたくはない。私はきっぱり断った。すると女は私の言ったことなど意に介さず、「この子には一日二回、海老なますを食べさせてください。そうすればあなたの言うことは何でも聞きますから」と言った。『なます』いうたら、おせちなんかに入ってる酢の物のことか?こんな小さい子が?酒飲みのおっさんみたいやな、と思ったけれど、それよりもその子の身なりのひどさが気になった。一度も風呂に入ったことがないのではと思えるくらい髪はぼさぼさで、服はつぎはぎだらけ、顔は煤けて、片方の鼻の穴から長い鼻水が垂れている。正直言って、汚かった。面倒に巻き込まれたくなかった私は、急いでその場を立ち去った。
 途中振り返ると、男の子がついてきていた。追い払ってもずっとついてくる。引き離そうとしても引き離せない。逃げるようにしてようやく自分の家の玄関に入ると、男の子が立っていて、心臓が破裂しそうになった。
「どっから入ったんや」
 仕方がないので警察を呼ぼうとスマホを取り出したが、電波障害でも起きているのかつながらなかった。それでは直接交番に連れて行こうと男の子の手をつかんだが、びくともしない。押そうが、引っ張ろうが、鼻水を垂らして平気な顔で立っている。そして息を切らした私を置いて家の奥にとことこ入っていき、和室の畳の上にちょこんと座った。

1 2 3 4 5