小説

『京都エキストラシネマ』白紙(『更級日記』(京都))

 夕飯を食べながらテレビを観ていると、母が時折「あ、この人知ってる」と言いだす。芸能人を遠縁の親戚みたいに話す癖があるのだ。私が幼いとき、京都の撮影所の近くに住んでいたらしい。母のパート先のお弁当屋さんがロケ弁を届けていた縁で、何度かエキストラ参加をしたそうだ。
「○○さんは実物のほうがきれい」とか「××くんは差し入れしてくれた」とか、自慢げに言う。私は京都での生活をほぼ覚えていないのに、母にはその三年間が色褪せない日々だったようで、うらやましかったりもする。
 だから、私が志望校を京都にしたとき、後押ししたのは母だった。
 有名人に会いたいだけなら、東京のほうが会えそうだけれど、私が憧れているのは母が話す撮影所だ。江戸時代の町並みのセットが組まれ、足元には疎水が流れる。タイムトラベルしたかのような空間。
 撮影所のある右京区の大学に入学してすぐ、私は時代劇エキストラサークルに入った。名前の通り、時代劇のエキストラに参加することを目的としたサークルだ。夢見ていた世界にやっと行ける。わくわくする私に女性の先輩は言った。
「泉さん、女子は髪が肩より長くないと難しいよ。あと、黒がいい」
 大学デビューもかねて、私は茶髪のショートにしていた。むしろ、カツラを被りやすいようにショートにしたからびっくりした。
「カツラでも地毛を使うからね」
 艶やかな黒髪の先輩は、写真を見せながら教えてくれる。前髪ともみあげに地毛を用いるカツラを半カツラというらしい。
 髪が伸びるまで、現代劇をめざすよう言われた。映像作品は別世界だと思っていたが、インディーズ映画や大学の卒業制作も含めると、エキストラ募集は多いそうだ。
「京都市は産業観光局が主体となって撮影支援してはるから、自治体に協力を求めている製作チームを選んだほうがええよ」
 言われるまま、観光局のエキストラ制度に登録した。メルマガで募集要項が届くけれど、時間帯が合わない。人が集まる時間をさけるためか、平日の朝早くからや、夜遅くまでの撮影予定ばかり。学生も会社勤めの人も難しそう。
 母の話だと次々参加できたみたいだったのに、二か月たっても私は参加できていない。青紅葉の観光シーズンも過ぎ、そろそろ梅雨だ。

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