小説

『京都エキストラシネマ』白紙(『更級日記』(京都))

 電話を切ったあと、うんうんうなりながら、考える。第一線で活躍している人はこういうことないんだろうか? 線の細い美男美女も実は、体力おばけ集団かもしれない。ベッドで丸まっていると、ちょうど視線の先に本棚がある。お姉さんからもらった本。
 ーー自分の才能を、今日諦めてほしくないだけやから
 これだけ本を集めていたということは、お姉さんも映像作品を撮っていたはずだ。彼女が才能を諦めたのは、私と出会ったあの日だったんだろうか?

 結局五日目も撮影に参加できなかった。それ以来おっくうになり、エキストラ募集のメルマガを件名だけ見て、消去する。自分でも撮影しないし、応募写真も撮らない日々が続くと、セリフケアもさぼりがち。
 夏休み明け、大学に登校すると、見知らぬ男子生徒が私のまわりをぐるぐると回って言った。
「あなたのその寝ぐせ、すごいですね! あなたみたいに衝撃的にひどい人、初めて会った!」
 すごいすごい、と大げさに喜ぶ。こんなデリカシーのない人、私だって初めてだ。
「絹の枕カバーの美髪効果を伝える広告を考えているんですが、後頭部モデルやりませんか?」
「やりません」
「人助けやと思って。あ、学食でおごりますよ」
 逃げようとしてから、自分が今まで人に助けられてきたことを思い出した。サークルの先輩、友達、鴨川のお姉さん、エキストラで出会った人たち。
 たまには助ける側に回るべきかもしれない。
 寝ぐせ頭のビフォーを撮影したあと、大学のシャワー室で髪を洗い、かわかす。つやつやに整えたあと、保健室のベッドで寝させてもらった。
「しばらく横になるだけでも結構です。でも、なんで手伝ってくれる気になったんですか?」
「こっちにきて、人に何かしてもらってばっかりだから、申し訳なくて」
 私はこれまでのことを言った。母が話す京都生活にあこがれていたこと、いざやってみたら楽しかったこと、でも厳しい現場だから続けられなかったことも。
「そういう話、撮ったらええんやないですか? エキストラに参加する人が増えたら、一人一人の負担が軽減されるでしょ?」
「エキストラしたい一般人の話なんて誰が見たいんですか」
「エキストラした一般人の話を聞いて、京都まで来た人が何言うてはるんですか」
 と、おかしそうに笑う。何か言いかえそうとしたが、彼の言うとおりだ。体力なくても続けられる方法を考えたらいい。
 こうしちゃいられないと起きあがると、「寝てください」と言われた。仕方なく目を閉じる。タイトルを思いついた。才能がない私のエキストラ日記。自虐的すぎる? 楽しくなってきて、眠れそうにない。

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