小説

『焦がす』伍花望(『八百屋お七』(東京)『地獄変(京都)』)

 澱んだ空気をエアコンのぬるい風が撹拌している。
 ベッドの上、素っ裸で膝立ちのまま、俺は天井に向かって思いきり手を伸ばしていた。
 薄れていく意識の中、ひんやりとした鱗の感触がやけに生々しい。頭をもたげた蛇が艶めかしくうねり、じわりじわりと俺の体を締めつけていく――妄想。
「……ねえ」意識を引き戻すために出した声は、自分のものかと疑うほど彼方から聞こえてきた。
「しっ!」野良猫を追い払う声でたしなめられる。


 六月の終わり。赤い満月の夜。居酒屋のバイトを終え、裏口から出たところで声をかけられた。
「これからどう?」
 さっきまで一人で飲んでた男だ。
 こういうことは、たまにある。三軒先はそういう店だ。出入りの客が俺を見初めたりもする。
「二時間くらいなら」
「いや、二十四時間」
「は?」
「二十万」
 男は万札を二枚よこした。前金のつもりだろう。もちろん、受け取った。
 三十、半ばくらいか。背が高い。骨ばっているのが服の上からでもわかる。身なりはほどほど。顔もまあまあ。ただ、肩から下げている大きなバッグが、やけに重そうなのが気にかかる。
「それ、変なおもちゃとかじゃないよね」
 男はバッグを広げて俺に見せた。
 スケッチブックが何冊か。あとはわけのわからないものがごちゃごちゃと。とりとめのない中身だ。

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